2011年12月22日木曜日

北京でインターンをしてるドイツ人と台湾でした話

日本へ帰国する前のチューリッヒにて、同級生の台湾人と
「お互い帰国するんだから台湾きてよ!」
という話をされ、ちょうど同級生のドイツ人が北京でインターンをしてるもんで
そいつも台湾興味ある!ということだったので台湾で落ち合おう。
そう話した11月中旬。
それが先週実現したわけです。

僕にとっての初台湾。
言語的な壁はあったものの、沖縄の先っていう
もうそのまんまの感覚でした。
なんだか異国ではないような、でも異国のような。

そんなこんなで色んな面でエンジョイした台湾。
ただ最終日にちょっとした事件が。

ことの発端は台湾人の友人宅から台北へ向かう途中の駅構内のお店にて。
ドイツ人の友人が北京から中国酒を持ってきており
それを台北に向かう電車の車内で飲もうという話でした。
そのため紙コップをゲットしよう、ということでした。

ところがタクシーで駅についたのが発車の4分前で駅の向かいにあるコンビニに行く余裕はなし。
駅構内の売店には紙コップは売られてませんでした。
ただ、そこはコーヒー等のドリンクを販売しておりコップ自体は置いてあったのです。
そこで僕たちは店員さんに紙コップを3つもらえないかと掛け合ったのです。
結果はNO。売り物でないから、ということなのでしょう。

色々粘ってみたものの、結果一番安いエスプレッソの料金を支払って空の紙コップを購入したのです。
この件でドイツ人の友人は憤慨。
柔軟性がまるでないこの対応はなんなんだ、と。
その店は普通のチェーンなため、マニュアルがあることは容易に想像ができ
サービスを平準化させるのに絶対的に必要であることは3者とも理解をしていました。
ただ、それにしても、ということだったようです。

これはおそらく現場に与えられる権限と責任に関わってることなのかと思います。
よく耳にするアメリカでの例は末端にまで権限が与えられてるという話。
例えば税関で最悪の場合上にまでモノを通さなくても拘束、というようなこともあるのだとか。
それもあってか対応している人次第でいかようにもなる部分があるのもたしかで
それがポジティブに働けば柔軟性があり、ネガティブに働けばうまくマネジできてないことに。

ドイツ人曰く、北京で目の当たりにする多くの場合は彼が台湾で憤慨したケース
すなわち柔軟性の全くない、目の前にいる人の思考そのものが停止してるかのような対応のようです。

私が今回帰国した感覚だと、米と中を両極に置くと
日本は米の要素もありつつの中寄りで
スイス・ドイツは中の要素もありつつの米寄りな
そんな感覚があります。

どの立場に立つかでどのスタンスが好ましいかは異なるとは思いますが
総合的に日本やドイツ・スイスの位置が望ましいような
そんな感じが今はしています。

2011年12月9日金曜日

東京に戻ってきて最初に感じたものたち

とりあえず感じたことたちを列挙してみたいと思います。
あんまり数はないと思いますが。


日本に行きの航空便からそうだったのですが東洋人が多いですね。
ローカルが多いのは当然ですよね。

サービスはもちろん感じが良いんですが思った程愛想振りまいてる感じではないですね。
ちょうどいい感じというか。マックとかにいけば話は違うんでしょうが。
もちろん店員にこちら側から愛想良くしなくても丁寧に対応してくれます。

東京は暖かいし、明るくなるのは1時間強、暗くなるのは1時間弱早いです。

エスカレーターでは左に立つことに若干の違和感を覚えます。
そして歩くのがみんな遅いですね。荷物持った私が一番速く歩いてました。

人の量が圧倒的に多いです。土曜日の表参道を歩いていたら
誇張なしで先日行ったニュルンベルクのクリスマスマルクトで見た人の行列と同じでした。

光が全部白いです。
街灯をはじめ、欧州では暖色が多いような気がします。

電車が間違いなく時間通りに来ます。
遅れる理由は人身事故絡みだけみたいですね。

背が高くなったような錯覚を起こしてます。
185cmオーバーの人が少ないからですかね。

飯は全部うまいです。


とまぁ現状こんなところです。
割と色々な違いがあるのかなと書いていて思ったところであります。

2011年11月14日月曜日

家探しのときに出会った学生の話

現在家探しまっただ中なのですが、そのときの一幕。
訪問した家の彼はETHの建築の学生さんで学部2年目だということで
自分の状況とは異なってるので色々話をしてみたのです。
というのも家をゲットするためには印象をよくしないと選んでもらえないのだそうな。
だからまぁ良く思われようと必死に愛想を振りまくわけです。

とにもかくにもぺちゃくちゃずっとしゃべってたんです。
その家を出て駅に一緒に向かう間もずっと。
ただ色々話す中で一つすごく気になったのがスイスの教育システムの話。

スイスの教育システムは世界的にも良いとされているものらしいのですが
それでもやはり様々な問題がある様子。
例えば州によって教育の年数が異なる点であるとか
カリキュラムの違いだとか。
そのため大学入学時に不利になる州の学生もいるのだとか。

ただ、もちろん評価されているシステムだけあって面白い点はあるのです。
職業訓練についてです。

スイスの学生で大学に進学するのは30%ほどらしく、
その他は職業訓練を行うそうな。
その職業訓練では働き方は割とフレキシブルらしく、
週2、3日ずつ高校に行ったり仕事場に行ったりすることもできたり
職業訓練を経た後に大学に入学する資格を取得して入ったりと
いくつもの時間的な多様性のあるパスがデフォルトであるようなのです。

なので例えば同じ大学一年生の時点で18にもなってない子もいれば
23の子もいるのがある種そう珍しくない状況だとのことなのです。
もちろん、大学や学科によってもばらつきはあると思います。
話しをした学生が建築の子で、比較的職人肌の強いフィールドでもあるため
ばらつきが出やすいのかもしれません。

ただ、10代中盤のうちに
コンビニのレジ打ちだけでなく実務的な経験を積み、
その上で希望すれば高等教育に戻ることが可能な環境を提供するこのシステムは
すごく面白いものなのではないかと
家が見つからない絶望感に打ち拉がれてる中、思ったことなのでした。

2011年11月9日水曜日

不安はドライバー

母国を離れれば不安しかない生活です。
家をいつ追い出されるかわからない。
道で普通に歩道にたっていてもクラクション鳴らされる日々。
金銭的援助をいつまで国からしてもらえるかわからない。
そして来年何してるか全くわからない生活。

就職活動というものがオフィシャルにはないこの国。
それでもそれらしいものはそれなりに存在するこの国。
国際的なようで非常に閉じているこの国。

どこかの東洋の国と似た部分は非常に多いです。

それでも大きな違いはあります。
それは不安というもののスパンの違いです。

この国の不安というもの非常に短期的で
自分自身が対峙できるようなものだと現状で感じています。
例えば就職活動がそれであったり、
学位を取ることがそれであったり。

何かを成すために必要な時間、
そしてそれを例えしくじったとしても取り返すだけの時間
それが比較的短いような感覚があるのです。
日本とは違って。

例え一度目の就職先がうまくいかなかったとしても、
その次にいい出会いがあったりする場合がある。
そういう部分であったり
とにかくチャンスが多いような気風があるのです。
一回一回のプロセスがシビアだとしても。


そんな中。

悲観的にで有名なスイス。
アジアのスイスと揶揄される日本。
両国とも共通するのは悲観主義であること。

そんなスイス人との本日の会話。
その会話の中で至った結論として

ロングタームの不安は漠然すぎて迷いを生む
でもショートタームの不安は自分を押すいいドライバーになる可能性が高い

そこが共通して納得が行った点がだったのです。

すなわち不安というマイナスに作用するようなものを
その期間の長さによっては
捉えようによってポジティブに捉え直すことができる。
そしてそこが肝なのではないか。
その点に至ったのです。

日本につきまとう漠然とした将来の不安というものに着目するのではなく
一人一人が目の前にある不安というものに取り組む姿勢を強化することの
重要性みたいなものに話が至ったわけです。

この点については上記に述べたような
来年どこにいて何をしているかわからない不確実さが常につきまとってる生活
そんな中で自分自身が至ったものとほぼ相違なかった点で
それをスイス人自身が感じている点に驚きを覚えました。
その点この国のエリート層がいかにバランスの取れた感覚を持っているか
それを感じ部分でもありました。

まぁとにかく
根拠のないポジティブシンキングが
物事を前に進めるためには
実は必要なんじゃないか
そういったことを思ったわけなのです。
そしてそれをスイス人と導いた結論である
ということに感銘を受けたのでした。

2011年10月7日金曜日

予定は未定

そう。予定は未定。よく言ったもんです。
奨学金が振り込まれるつもりでいたら振り込まれなかった9月。
卒業するまで帰国しないつもりだったのに迷いだしてる今日この頃。
11月末で終えるはずだったインターンを12月まで延長。
そして最後のはずだったマスターの試験がもう一度やってくる2月。

予定外のことなんてざらにあるんですよね。

落としてはいけない試験を再度落としてしまった今学期。
最悪の事態を覚悟しました。
色んなことが頭の中を駆け巡り
今まで一番危機というものを実感しました。
というのもここスイスでは同じ科目を二度落とすと
国内全ての大学でその学位を取得できなくなる
という取り決めがあるのです。

すなわち退学だけでなく、他の学科に移らない限り
大学を卒業できないのです。
奨学金も然りで、失う可能性が相当高くなるのです。
本当に「帰国」が頭の大部分を占めたのです。
しかも帰ってもどうしようもないんじゃないかって。
この先どうしようって本気で考えました。

でも幸い私の現時点の取得単位数が多かったことから救済措置が取られ
なんとかある科目を受講することによって卒業への道は残されました。
奨学金についてはまだ未定ですが、担当の方が全力で
サポートしてくれているようです。

救済措置によって2月に試験を受ける手筈になったため
非常に楽しみしていたインドでのインターンもキャンセルに。

本当に自分には失望しています。
やりたいと思ったことが
やらなければいけないことをクリアできなかったがために
実現できなかった。
自分の能力不足以外何も責めようがない状況。
情けない限りです。

救済措置で受講している講座も依然自分には難しく
なかなか厳しい状況であることにはかわりありません。
ただ、その中でも落とした科目の勉強を通じて得たものが
活きている実感があるのです。

例えばグループワーク。
前学期まではみんなで相互理解に至る状況でなく
自分一人でまず内容を理解する
というところで大きくつまづいてました。
今はグループワークで効果的に理解を深め合うところまで
きてる実感があります。
でもこれはきっと前学期までの
自分自身でまず理解することを怠っていたら
達しなかった感覚だと思うのです。

グループワークで得ることの方が
独りよりも効果が大きいことがあるのはたしかです。
わからないところを埋め合うことができるので。
でも最初からそれが誰にでもできるとは思わないのです。

つまり何事にも順序が必要で
例えそのステップの先にある行程のみをこなすことが
最も効率的であるように見えても
順序をスキップしてダイレクトにいっても
うまくいかないようと思うのです。

無駄なステップなんてきっとないんです。

もちろんあらゆることは人それぞれです。
時間がかかる人もいればかからない人もいる。
だからと言って早く辿り着ける人が
最も効率的であるとは言えないはずなんです。
必要なステップ自体人それぞれなので。

他人と比較して遠回りに見えても
自分の軸だけで考えれば遠回りではない。
なので実は最も重要な点って
自分の中での理解を深めるために
十分に必要な時間を取ることだと思うのです。
もちろん多くの場合、
時間的な猶予をそんなに与えられるわけではないのですが。

ただ、そうやって予定外のことをある意味無理矢理ポジティブに捉えて
失った機会よりもゲインできる機会にフォーカスしていこう。
予定通りにいかないことだってあるんだから。
想定してなかった部分にいいところに着目して。

基本的に何もかもがトレードオフで
確実なもの、正解なんて何もないんだから
っていう形で自分を納得させながら
なんとか前を見て進んで行こうとしている今日この頃なのでした。

2011年9月24日土曜日

いつの間にやら

あっという間に9月も下旬。
引っ越して一ヶ月。
インターン始めて一ヶ月。
今年残すところ3ヶ月。
スイス来てから一年。

いやはやあっという間です。

この一ヶ月、色々起きて時間に逃げられてるのやら
濃縮されてるのやらわからない感覚です。
ミュンヘンに二度行き
オクトーバーフェストでboobiesを捕らえる友人を横目で見つつ
4、5Lのビールを楽しみ
バーゼルで行われた駅伝にサムライのマゲで参加し
スイスが世界に誇るLCAの評価手法、データベースを担ってる会社で
働き、そして学会に出席してノルウェーでPhDしてるカナダ人と仲良くなって。
決まった時間のみ仕事をする生活をはじめてから
生活がなんとなく豊かになったように思います。

学校と家の往復で
家では休みと勉強の区別をつけられないまま
だらだら作業してた生活とは大違いです。
いいメリハリが作業環境の違いによって起きてる感じですね。

決まったノルマがなく、時間の縛りが緩いこともあって
かなりリラックスした働き方ができてるのは間違いないです。
ただ、何かアウトプットを出さないといけないと感じてるので
みんながとる午前午後のコーヒーブレークは休まず作業です。
おそらく周りの同僚より成果が出てないので。

プッシュするところはして
楽しむところは楽しむ。
自分の目指してる生活スタイルが
作業環境を変化させることによって出来つつある。
時間という概念からの効率にとらわれないで
空間を意識して効果を上げる。
そんな感覚を掴み始めた9月なのでした。

2011年8月29日月曜日

感覚

試験が終わって早2日。
終わったその日から色々と楽しいイベントに
突っ込んで行ってる毎日です。
25日に渡る籠城生活の反動で
とりあえず行っとく精神で行ってる感じです。

でもこれは単に反動だけがドライバーという訳ではなく
今回の試験を通して感じ取った一つの結果なのです。

今回の試験、実は3つしかなく前期と比べれば半分以下。
かける時間も前回の3週間の準備期間と比べて2ヶ月もあり
じっくりと時間がかけられる状況にあったわけです。
ただ、その3つのうちの一つの教科は、
落としたらアウトな試験だったのです。

アウトというのは2つの意味でアウトで
一つは現在支給されている奨学金が今後受けられなくなる
もう一つは学科にいられなくなる
すなわち退学になるのです。

それ故に籠城して試験に備えていたのです。
さらには籠城の前にも準備を始めており
万全の状態で臨もうとしていた
人生で非常に重要な試験のうちの一つだったのです。

ところがめまぐるしい天候の変化や
ある種不健全な生活リズムが招いた体力の低下により
体調がテストの週になって崩れてしまったのです。

これまでの自分のポリシーは
自分のベストを出すために体調をしっかり整える。
というもので、日頃の生活では平日や日曜の行動は
次の日の重要度により体調面をベースに行動し
これまでの数々の重要な局面では
必ずベストコンディションで取り組んできました。

それが今回は全くといい程整えられなかったのです。
加えて試験中にはテスト直前に摂取したレッドブルの影響で
猛烈な尿意に襲われ、時間を全くロスできない状況から
それはまぁフルフル震えながら受けきった訳です。
今のこの生活をかけた試験で。

結果はまだわかってません。
ただ、今まで自分が絶対にしてはいけないと思っていた
悪いコンディションで事に臨む
しかも生活を懸けた重要な事でしてしまったことが
すごく自分に対してショックだったし非常に残念でした。

でも、このようなことを悪いコンディションの中でやったことで
逆に吹っ切れたのです。
あれだけ自分にとって大きい事をあんな状態で臨んでるんだから
もう何も怖いものないでしょう、という開き直りです。

なので少々体調悪かろうが
楽しそう、行きたいと思ったことには参加し
楽しみきったかなって思ったら帰る。
次の日がどうこうとかっていう判断基準でなく
自分がどう感じてどうしたいかという
自分の感覚を基準にした判断。
この点にぶつかったのです。

先日、コネクティングドッツや「バカであれ」で有名な
ジョブスのスタンフォードでの卒業生に向けた言葉を
要約や抜粋でなく初めて全スピーチを動画で見て、
今まで自分に入ってこなかったメッセージを見つけたのです。
彼のスピーチ全体を通して私に一番響いたのは
「自分の感覚を信じること」

何をすべき、という点でなく
何をしたいか、という側面で自分を動かして行く。
ほんの小さい自分のポリシーの転換から、
自分のできることの範囲の中で感覚を信じてみる。
そういったことを実践していこうと思った
マスター最後の試験なのでした。

2011年8月9日火曜日

欧州で感じた不穏な空気

まだたった一年しか住んでなく
かつ非常に国際的な都市のチューリッヒに住んでいるため
全体としての空気感であるかはわからないのですが
実体験を通して感じているのが
欧州は今「内向き志向」が強まってるのではないか。
そう思うのです。

世の中インターネットを筆頭にどんどん繋がってきて
world is flat的な言葉もあり
multi-culture等の世界が融和していく方向性が
唱われてるかと思います。
EUという政治体系がまさにその代表格の一つで
大陸毎のsuper national organizationが当たり前の時代になる
そうおっしゃる教授もいます。

世界と繋がる、ということは
世界が広がる、ということを意味するわけで
世界が広がればチャンスも増えます。
一方でリスクも増えるわけです。
そして人はリスクばかりに目を向けてしまう嫌いがあります。

欧州は一つの大陸の中に複数国が隣接しており
例えばドイツ人がフランス人やイタリア人をなじったり
スイス人がドイツ人をとやかく言ったり
足下レベルでは色んな感情があります。
とりわけ移民に対するあたりは強いものです。

一つの繋がった陸地にいくつもの国が存在しているそんな環境で、
自国の存在を主張するために
こういった内向きなベクトルが
強く作用しているような気がするのです。
内向きが強いからこそ排他的になって
色んな変な出来事が起きる・起きてるように感じてます。

先日スイスでは幼稚園は現地語でなければならない。
といった法案が通ったそうです。
これまでは公用のドイツ語でも平気だったのが
地元の訛でなければならないということになったそうな。

これは、地元の言葉が失われることを危惧して、
ということのようで一見納得できるのです。
ただ、一方ではこれまで働いていた多くのドイツ人教師は
地元の言葉を学ぶことを強いられてるそう。
それが習得できなければ教えることができない。
すなわち外モノをスクリーンする働きがこの取り組みにはあるのです。
異分子の排除。

そんなことを感じていた中での先日のオスロでの事件。
また、方向性は違うものの、今イギリスで起きている暴動。
異分子の排除、その空気が起こした象徴的な出来事だと思うのです。

フラット化する世界によって
これまで見えなかった様々な凸凹、
醜い部分が見えてきてるフェーズにさしかかり
良い方向にも悪い方向にも転がる可能性がある
そんな時代に今私は生きてるんではないかと感じたのです。

2011年8月5日金曜日

インターンシップ

来期はマスターのプログラム上インターンを行わなければなりません。
ETHのマスターの多くは3ヶ月以上のインターンを義務づけられている
プログラムが少ないないよう。そして3ヶ月以上というしばりよりも長く
企業側が要望することが多いため、実質は半年以上インターンを行い
その後論文を書き上げることが多いのです。

そのインターン先についてですが、
一つはスイスの中小環境コンサルティングに
受け入れてもらうことが決まっています。
そして、せっかく1セメスター丸々インターンに使えるのなら
行ったことのないような場所へインターンに行こうと思っていました。
実際そういった空気が周りにもあります。

二人のドイツ人の友人は
両者共に中国へインターンへ行くことになっています。
アメリカ人の友人はグアテマラ等の中米を希望していました。
そして私。
12月からインドに3ヶ月間行くことになる予定です。

NGOでのインターンなのですが、HQがインドの北西部にあり
実際働く場所がインドのほぼ真ん中に位置してる様子です。
軽く調べたら行く頃の気温は25℃以上で
虎とかいるような場所のようです。
チューリッヒとは偉い違いです。

というわけで
ジュン・コーノの海外生活インド偏は12月スタートの予定。
乞うご期待。

2011年8月3日水曜日

海外院進学で得るモノ

私は日本の院へ進学したわけでもないですし、
自分のいる環境エネルギーに関するフィールドについての
狭いエリアで実感していることがベースなのですが
日本の大学院に修士で進学することによって得られるものと
海外の大学院にマスターで進学することによって得られるものは
基本的に違うと感じています。

海外の大学院、少なくとも欧州の大学院の多くは
多数の講義の受講が義務づけられています。
講義数ということでなく、割く時間数が多く取られています。
その中で自主的にプロジェクトに参加したり
パートタイムでインターンをしている人もいます。
言ってみれば日本の学部で経験するようなスタイルの延長。

一方、日本の私の所属していた研究室の修士の学生は
研究をメインに少数の授業を履修する形態でした。
4年時を含めて3年がかりでの研究も少なくない
そんなスタイル。

マスターでの内容がこれだけ違う日本と海外。
必然的に得るものが変わってくると思うのです。
私は、日本で修士を取る方がスキルが身に付き
海外でマスターを取る方が能力が高まる
そう思うのです。

尊敬するスタンフォードのPhDの方が以前
「日本の学生はすぐにラボで使い物になると見られてる」
とおっしゃっていたことがありました。
このことが日本で学ぶことによって付くスキルが大きいことを
ある種裏付けている部分があると思います。

逆に海外でのマスターでは引き続き「学び」というスタンスを取る点や
特に欧州は地理的な利点を活かした様々な国からの学生が参加する
サマースクール等々が行われているため、
手を動かしたり何かを成したりすること以上に
何を考えるか、という点に重きがあるように感じています。

もちろん、双方で逆のことが得られることも大いにあると思います。
日本で研究活動をすることによって知識が深まることは多々あり
海外で様々な活動に参加することによってスキルが付くこともあります。
しかし、構成上得られやすいものが異なるように思っています。

ですから、
スキルアップで日本
ポテンシャルアップで海外
そういう目的での選択があっても良いように思うのです。

2011年8月2日火曜日

夏の終わり

8月に入って快晴の本日。
20℃前後で気持ちのよかった本日。
僕の夏休みは終了致しました。
BBQで楽しく締めれたのはよかったです。

てなわけで8月末の試験まで引きこもり生活開始です。
もちろん昨日までの間にもちょいちょい準備はしてましたが
明日からは断酒の脱pleasureです。
家から出るのは買い物だけです。

っていう決意を表明しておいて
後に引けない状況を作っておきたかっただけの
完全な自己満日記なのでした。
ちゃんちゃん。

2011年7月29日金曜日

日本を出て一年

あっという間に出国してから一年経ってしまいました。
時が過ぎるのは早いものですね。
毎年歳を重ねる毎に一年の占める感覚的な割合が
短くなっている感じがしてる今日この頃。
時間に「逃げられてる」感覚にもなることが多くなってきています。

こちらに来て一年、自分における様々な変化はあるわけで
いいか悪いかはわからない変化が多いわけで
でもそれはそれとしてムリに抗おうということもしていないのです。

例えば人との関わり方。
日本にいたときと比べて
距離を取るようになってしまっていると感じています。
例えば自分の時間の割き方。
日本にいるときよりインドアになっています。

これらの変化をムリに日本でしていたように合わせようと
今は感じてません。
もしそれが自分のナチュラルなスタンスなら
放っておいてでもそのスタンスになると思っているからです。
何をするにも安定するまでに一定の時間が必要で、
それに要する時間は人それぞれだと思うのです。
自分はきっと時間がかかるタイプ。それがある程度わかってきて
それとどう付き合うかに焦点をあわせるようになってきたのです。

自分の中での変化の一方で、自分が出てからの日本・東京も
色んな変化をとげているように感じています。
メディアを賑わす内容やタレントや流行り、大災害やその影響等々。
たった一年離れているだけで全然わからない・知らないことが
増えているように感じています。

そんな一人の母国の傍観者として思うのは、
母国がどこへ行ってしまうのか。
自分が戻ったときにどう感じるのか。
疑問でもあり不安でもあるのです。

たった一年。
されど一年。
確実に自分も変わって、世の中も変わっている。
そんな変化にどう自分が反応するのか。
こんな戯れ言を思う欧州二年目開始の夜なのでした。

2011年6月20日月曜日

ドイツが脱原発に向かう理由

昨夜、ある食事の席でドイツ人と様々な会話をしました。
そのドイツ人の方はNY、ソウル、東京にチューリッヒと
国外で過ごしている時間が長い方で様々な実体験を通した上でのお話が
すごくおもしろかったのです。

カルチャーの話や人付き合いについての傾向や
外国人から見える東京の姿とか。
いろんなことについて話ができた夜でした。

話がどんどん技術絡みになっていき、
そして原発の話へ。
そのドイツ人の方が言うには、
ドイツ社会が反原発であったことには理由があり
それが今回の脱原発へ大きく舵を切り直したことにも
理由があるのだそうです。

タイトル等は聞けなかったのですが、ドイツの小学校の教科書には
ある魔法使いの物語が載っているそうな。
その魔法使いは学校で魔法を学んでいく上で
絶対に唱えてはいけない魔法等も教わるのだそう。

その唱えてはいけないと言われる魔法は
「魔法自体のコントロールが効かなくなってしまうから」
という理由で禁じられていたのだそう。
つまり、魔法使いの能力を超えた魔術なのです。

物語の中ではその魔法使いがその禁じられた魔法を
好奇心で唱えてしまい大変なことになってしまうとのこと。
そして多くのドイツ人は
この話が頭のどこかにあるケースが高い
とのことなのです。

この話から得られる教訓の一つが
「人知を超える制御不可能なものは手を出すべきでない」
ということのようです。
これがあってか、ドイツ社会では根強い反原発の背景があり
90年代前半からの風力発電の補助政策等の新エネへの社会転換へと
繋がっているとのことなのです。

そして今回の脱原発の風潮。
チェルノブイリを経験した欧州が
フクシマを機に大きく舵を切り直している大きな理由が
「日本」で起きたということに由来しているとのことなのです。

チェルノブイリが起きた際には
「ソ連だったから。我々ならうまくできる。」
そういう風潮であったようなのです。
原子力という大きすぎる力ではあるけれども
まだマネージできる可能性はある。
そういったことから脱原発のプランを引き延ばしたのです。

しかし今回は
「技術力の高い日本で起きてしまったのだから」
ということで、もはやこれは使うべき技術ではない
そういう空気なのだそう。

このドイツ社会の足下の感覚がこそが
脱原発への急速な再転換を突き動かす
強いファクターの一つであるらしいのです。

2011年6月12日日曜日

2セメスター通してふんわり思ってること

先日学科のみんなと飲んでるときの話。
学科の海外組(スイス国外の人)の多くが集まった飲み。
こうやって学科の多くの人間が集まる飲みって
実はそんなに回数はないのです。

その数少ない飲みの場。
学期が終わったのを祝す意味も込めたこの場で感じたことは
「みんな楽しそうだな」
そう感じたのです。

もちろん、飲みの場では自分自身も楽しかったし
みんなでわいわいできたのですが
みんなの顔が元気なんです。
そして私はそんな顔をできてなかったと思うのです。

学科の中でも「デキる」ドイツ人の友人は
頭のキレ、成績、プレゼン能力、コミュ二ケーションスキル抜群
パーティー大好き、マッチョ、イケメン。
マジ男目線でもホレボレするような奴で
そんな彼の話を聞いてる中で自分の中にひっかかったのが
"Of course there needs to be a time to push yourself hard
but there also needs to be a time to set back and relax"

他にもコロンビア人の友人はthere needs to be a lifeだったり
なんとなく自分のスタンスと違ったように感じたのです。

私は彼らとはスタートラインが違うのだろうと感じている部分があり、
それ考えると捉え方が違って当然なのです。
常に自分を100%プッシュできているか、
と問われればそうではない可能性が高いですが、
少なくとも様々なことを抑えてきました。
それは、今が「自分をプッシュするとき」だと思ってたからです。

2期目になり、受講数を減らして生活を楽しめるかと
甘いことを考えたりもしましたが、授業の構成が変わる2期目は
結局コマ数減らしたところで作業量が増えるものが多く、
終わってみればいっぱいいっぱいで
顔もかなり暗いものだったかと思います。

今いる環境は、みんなすごくいい奴で優しいのですが
リアクションがストレートなので今自分が相手にどう映ってるか
それが手に取るようにわかったりするのです。
鈍感で名高い私が。

それが少し変わりだしたのが駅伝を走ってからなのです。
周りの反応が変わり、会話の内容も授業などについてから
夏のBBQいつやる?等の内容へ変化してきてるのです。

自分の限界に挑戦するような、
機会を最大限に活かすことというのはすごく大切なことだと思います。
でも、それは「生き急ぐ」ことと表裏一体だと思うのです。

私はまだその域にすらいけてないとは思ってます。
でも、少なくとも周りの友人たちとは違う顔をしていました。
別のカルチャーを持つ彼らとは。

何事も「しすぎる」ことがよくないのは自明なことですが
いつでも何か自分をリフレッシュするようなことを
自分の時間の中に詰め込むことの重要さを
なんとなく感じ始めているのです。

本当に当たり前のことなのですが、結局どんなときでも
「メリハリが大事」これに尽きるのかなと。
自分の周りにある「世界」を通して思ったことなのです。

2011年5月31日火曜日

一年もかかってわかったこと

マスターでの授業もほぼ終わり、
残りはinternshipとthesisのみになったわけで
その中で一点強烈に思い知らされたことについて
ツラツラ述べたいと思います。

マスターの一年もかけてやっとわかったことが
「自分に何ができるか
それを明確にすること」

至極当たり前のことです。
本当に単純なことなんです。誰でも多かれ少なかれ意識してる
こんなことにようやく気付けたのです。

日本から出るときには残念ながら理解できてなかったことだったんです。
というか無意識にしていて、できていたことだったんです。

こっちにくるときは英語で専門分野について
十分に議論できるようになりたい、
それくらいにしか考えられなかった主な目的。
ほんとsuperficial。

そして今学期。
discussionベースの授業の中でようやく気付いたのが
議論ができることは前提条件。
それ以上の説得力や表現力等の要素が差別化の要素。
私の目的は出来て当たり前のことだったのです。

それに気付いてからはもうとにかくそのスキルをどうにか手に入れようと
あれこれというほど多面的にアプローチしてませんが、
もがいてみたわけです。
でも結局うまく言葉を出せなかったり、選べなかったり。
色々自分の中で起きる障害を克服できない日々が続いたのです。

そして残念ながら、英語が母国語の人間や
言語そのものが似通ってるドイツ人やオランダ人
彼らと表現を争っても現状勝てない。
まだまだ経験が足りなすぎる。
そういうことを感じたのです。

事実、今期を通してそれなりにしゃべれるようにはなってるんです。
まぁ、完全な主観的な評価なので勘違いの可能性は多いにありますが。

でも、このインターナショナルな環境の中、やっと気付いたのが
雄弁に語って自分の意見を通せるようになることだけが
海外で学べることでない。
彼らに追いついて追い越すことに
主眼を置くのはセンスレスだと思ったんです。

追いつくことは非常に重要、
というか最低条件のようなもので、
その先にある
「彼らになくて、自分にあるものを見つめ直し、そこに磨きをかける。」
その点を見出せる、気付けるかが重要であることに
やっと気付けたんです。
一年もかかってやっと。

日本にいるときは少し英語ができるからっていうので
なんだかんだでそこに自分の価値を置いてる自分がいました。

でもそんなのこっちにきたらなんの値打ちもない。
それよりも別の手持ちの札に気付いて活かせるか。
そこが最も重要。

今自分がどういう場所にいて、
そこにはどういうことがあって何がなくて。
そういう状況を判断、把握する力を養うこと
それが最も必要なことなんじゃないかって。

どこにいてもきっと同じ。
他人にはできない自分ができることに力を入れる。

もちろん穴を埋めることも同時に行う。

ただ、フォーカスは自分の輝けるフィールドを見つけてそこを伸ばす。
フィールドが見つからないうちはとことん穴を埋める。
そしてフィールドが見えてくるのを待つ。

なんかそんなことを感じたのです。

2011年5月17日火曜日

変化

よく自分の身を置く環境って大事って聞いたりしませんか?
少なくとも私はそう思ってる部分があります。
だから海外にいるんです。

チャレンジングな環境に身を置くからこそ
それに応じて自分を成長させられる。
でもそれは環境の変化がなくてもできることかもしれません。

その一方で人は確実に自分の外側の世界に影響を受けています。
肉体的にも、精神的にも。
人は環境に左右され、また環境を左右します。
小さいスケールから大きいスケールまで。
左右されるほうがbiology/psychology,
左右する方がengineering。
そんな解釈でいます。

とにかく、人は環境に影響を受けるものだということは
それなりに根拠のあることなのです。
環境によって人は「変化」してるのです。

話は変わってイノベーションなるhotな単語へ。
この言葉も「変化」を表していると思います。

イノベーションを理解するのに重要と言われるのが
アクター、ネットワーク、ルール
の3つだという話があります。

そのイノベーションにも種類がいくつかありますが
共通するフレーズとしてimprovementがあります。
すなわち「改善」。良くなることが前提なものなのです。

上記の3要素は環境そのものを作り上げる要素。
つまりイノベーションにも環境が大事ということです。

私自身、ここに来てしばらく経ちますが
変化している気がしています。色んな面において。
でもそれが「進化」なのか「退化」なのかわかりません。
もちろん「進化」でありたい、そうしたいと思ってます。

普通の人がしない、こないような場所で過ごしているこの経験
それを少しでも活かせるように、活かしきれるように
そうするためにも自分自身に対するイノベーション的な発想が
もしかすると重要なんじゃないか。
そんなことを思う天気の移り変わりの激しい5月の夜でした。

2011年5月9日月曜日

ラストスパート

昨日はチューリッヒにて行われた駅伝に参加したわけで、
もっぱら短距離専門の私は、
これまで駅伝なんて出ようとも思わなかったわけで。
なんとなく盛り上がりそうだから参加しよう、
その程度の考えで参加したのです。

予想通り、イベント自体は大盛り上がり。
なんせゼッケンが市内交通の一日券になっているという
街ぐるみのイベント。
チューリッヒを囲む山二つを往復するという形のコースで
出場チームは800以上。
朝8時から夕方6時までの一日がかりのイベントでした。

このイベントのおもしろいところはタスキを「繋がない」ところです。
これは完全に時間的な制限を考慮してのことなのですが、
どんなに速いチームであろうと必ず全14区間中
8区と12区で一斉再スタートが行われるという点なのです。
1〜7区は一つの記録用スティック(これがタスキ代わり)を繋ぎ、
8〜11、12〜14区がそれぞれ繋いで合計タイムで競う、
そういうレースでした。

私の担当した区間は8区。
一斉再スタートの区間です。
生まれて初めての駅伝参加で、まさかの一斉スタートです。
DSC 0044http://www.gallery.ethz.ch/asvz/view_album.php?set_albumName=37-SOLA-Stafette
完全にこんな感じでした。

走った8区は6kmちょいですが
最初の2kmで200mの登り坂を駆上がります。
ちなみに200mは大体新宿のこのビルの高さです。
モード学園コクーンタワーhttp://www.blue-style.com/photo/all/view-1204.html

まぁ簡単に言うときつかったんです。想像以上に。
最初の2kmでほぼ体力を使い果たし、
中盤は下り坂などもありうまくスピードに乗れたものの
最後は大失速。ラストスパートどころではありませんでした。

正直、ラストスパートには自信がありました。
高校生のときの長距離走などでは大体最後だけ頑張ってたので。
最後の一周、最後の200m、など決まった区間を集中して全力疾走。
短距離専門の私の十八番でした。
それが今回はできなかった。

全力を発揮するには相当なエネルギーと集中力を要する。
ここ、というときにその力を発揮できる人が強い。
これはきっと何でも共通して言えることだと感じています。
それができなかった今回の自分には非常に落胆しています。

ただ、集中力を鍛えるのは何よりも運動、
個人的な経験では球技が何よりも適切だと感じています。
それが今の自分に必要であると気付かせてくれただけでも
参加した甲斐はあったのだろうと
そう思うセメスターラスト一ヶ月の夜でした。

2011年5月2日月曜日

イースター

日本には馴染みのないイースター。
子供の頃、アメリカに住んでいた頃に経験したイースター。
たまごの印象が非常に強いんです。
ちかくの広場のような場所に行き、
おもちゃの色鮮やかなたまごを探すゲーム。
中にはおかしが入っていて、それを必死になって探す子供のゲーム。
そんな楽しいイメージしか残ってないのです。

先日初めてイースターの由来を知ったのですが、
イースターはfermentationを祝うもので
キリスト教以前にあった教えの頃より存在するもののようです。
そしてこのfementationのシンボルとして、
たまごとうさぎがあるようです。

そんなイースターは、
ETHにとって日本でいうとこのGWのような長期休暇になっています。
自分の国に帰ってる同級生もいれば、旅行を楽しんでるやつもいます。
そんな中、僕はチューリッヒに留まってみました。

当初は中欧、あるいはイギリスに行こうかとも思ってました。
でも冷静にチューリッヒに住んで8ヶ月も経つのに
全然街を知らないことに気付いたのです。

僕の寮は非常に良い立地で、
中央駅まで徒歩10分以内、学校まで5分以内という場所にあり
普段の家と学校の往復の生活だと
全くと言って良い程街を知ることができません。
土日もやらなければならないことをこなしていると
あっという間に時間が過ぎ、
閉店時間も早い上に日曜はお店が全て閉まっているので
街に出るきっかけもなかなかありませんでした。

クリスマス休みも試験終了後の休みも一目散に街を脱出し、
いる間は街を見る余裕がない。
そんなことでこの街を知らないでいました。

せっかく良い街に住んでるはずなのにもったいない!
と思い、今回は留まることに。
こんなとこがあったのか、ということに相当驚きました。

よく行くショッピングセンターの近くには
こんな教会があって。









こんな山な景色が電車で20分ほどで味わえて。



なんだかすごくいいリフレッシュになりました。











山以外にも街を歩いてちょっとした家具のようなものを購入。
チューリッヒのある場所には路地裏のような狭い道がたくさんあり、
かわいいお店もたくさんあったのです。

家で作業することが多い僕は、入居以来どんどん部屋が汚くなっていたのですが、
この機会に大掃除。いい感じになりました。
良い作業をするには、良い作業環境が必要であることを実感した次第です。

人は環境に応じて反応する。
異なる文化に交わればそれ相応の対話の仕方が変化し、
天気で気分も変わってきます。
思った以上に些細なことで、人は変化を見せます。
物理的にも、精神的にも。

先日たまたま流し見ていたイチローのドキュメンタリーで
こんなようなことを言ってました。
「いかにストレスをためないか、それがパフォーマンスに影響してくる」

負荷をかけて自分を追い込むことは重要だと思ってます。
そのためにコンペティティブな環境に身を置いているので。
でもその作業環境を整えておくことこそが、
インプットを最大限活かすために重要なことなんじゃないかと、
これまでの振り返りかつ復習を通して感じた
イースター最後の夜なのでした。

2011年4月6日水曜日

春になって

季節の移り変わりは早いものですね。
あっという間にもう4月。日本では新生活の季節ですね。
こちらチューリッヒではイースター一色といったころでしょうか。
快晴が続き、連日20度を超す過ごしやすい天気が続いています。

とにかくにも第2セメスターが始まり1ヶ月半。
イースターで10日休みが入るので実質もう折り返しです。
今期は授業数がかなり少なくなっているのですが、
その分タスクが多めです。
イノベーションのセミナーから
実際にとある企業のコンサルティングを実施する授業まで
非常にチャレンジングなセメスターが続いています。

先日研究室のPhDの方と話をさせてもらったときに、
「他分野の人と話すことが一番自分を成長させる」
という話になりました。
日本を出る際に気づけていたことですが、
現状としてできてない自分がいます。

話をする際には「聞く」ことがまず重要だとは思うのですが
それ以上に「話す」ことが大事で、その時点で再度「聞く」ことが
重要になると私は思っています。
そのためには「聞きながら考えている」状態に
自然になってることが不可欠とも思います。

しばしば私は「英語」で話をする際には日本語でできている
「考える」作業ができない状態が長く続いていました。
うまく理解しきれてないことも考えられますが、感覚的には
「日本語の知識」と「英語の知識」が分断されていて
「英語」を使ってる際にうまく引き出せてない感じなのです。

今期はクラスメイトとディスカスする機会が増え、
非常にフラストレーションの溜まる状態が続いていました。
前期も機会は少ないものの、幾度もあった感覚。

それが今日のディスカッションでは少しうまく表現、
そして考えることが出来始めている
そんな感覚になりました。

話しながら考えて、聞きながら考えて。
誰だって何かしら考えを持って生きているわけで、
それが表現できてないのは単純に
うまく「回路」がつながってないだけなのではないだろうか。

きっと誰しもが、かかる時間は異なれど経験を重ねれば自分の意図を
どんな表現でも伝えられる

そんなことを思った瞬間でした。

2011年2月23日水曜日

日本人学生は海外大学で通用する

2/14に試験が終了した私。2/21に新学期が開始です。
とにもかくにもETHでの第2セメスターが始まりました。

そして本日ようやく第1セメスターの成績が出揃いました。

結論から言うと
履修10科目中1科目パスできなかったものの、
その他は平均して「B」に及ばないかな、という成績でした。
決して誇れる成績ではありません。
ただでも落とした一つの教科は学科の多くが落としていることを考えれば
決してひどいというわけではありません。

一方で学部時代に通っていた早稲田大学での成績は
平均して「A」に満たないものでした。
(成績評価をA+、A、B、Cの4段階評価として換算)

参考までにQS World University Rankings 2010では
ETHは18位、早稲田大学は182位
(出典:http://www.topuniversities.com/university-rankings/world-university-rankings/2010
18位というと中途半端かもしれませんが、
英語が母国語の大学以外ではトップのランクです。
もちろん欧州大陸ではトップのランクです。
このランクなるものは単なる一尺度にしかすぎません。
別のランキングでは異なる順位であることも事実です。
ただ、人はこの尺度をもとに色々物事を決めていることも間違いありません。

私は、自身が大学院の海外進学を決める際に、
様々な海外大学進学者、卒業生に会う機会がありましたが、
総じて感じたのは「優秀だから海外へ」という印象でした。
でも、海外に行く理由に「優秀」であることが必要条件なのか。
私はそうでないと信じてここへ来ました。
むしろ「優秀」に「なるために」ここへ来ました。

話が発散してきましたが、何が言いたいかというと、
日本の有名大学の学生の多くは
海外のトップ校で十分にやれるだけの実力を持っている
ということです。
ランクでは両大学はかなり離れた評価をされていますが、
結局はただの尺度に過ぎないということです。

早稲田大学で特別できるわけではなかった私が
欧州大陸トップの評価を受けるETHで
正規の学生としてそれなりにやっていけている。
決していいパフォーマンスではないことは事実ですが、
それでも揉まれながらなんとかやっていけるのです。

こちらに来て強く感じるのは
日本人は総じて教養がある、ということです。

その一方で感じるのが
日本人のエリート層はもっと頑張らないといけない
ということです。

何を頑張るか、というと
海外のエリートと議論できるように、張り合えるようにすること
ここに尽きると感じてます。

そのためにはそのような環境に出て行く必要がある。
だからこその海外留学なのです。

そして、ほんの一握りの人間だけの話ではないのです。
日本における知名度のある大学に通える学生の多くがやらないといけない、
そして、できることなのです。

だから最後にもう一度。
日本人学生は海外大学へ出て行こう。

2011年2月18日金曜日

カウチサーフィングとやら

初体験のカウチサーフィング。
総じて良かったという感覚です。
文字通りカウチで二泊。
日中はホストによる市内案内。
短期間でその街、人を知るいい機会だという印象です。

また、そのホストは他の人たちも泊めたことがあるようで、
昨日はその以前泊めていたいうドイツ人の女の子二人と談笑。
こういった繋がりも一つの魅力のようです。

しかしやはり他人の、しかも異文化の家に泊まるというのは
精神面においてなかなかチャレンジングでした。
男二人暮らしの家だということもあるとは思いますし、
もちろん人に拠るとは思いますが、
印象としてはだいぶ散らかっていたといわざるを得ません。

その他様々な点において衛生的にどうなの・・?
というのはありましたが、
きっと日本人がキレイ好きすぎ
というのが大きいかなということを感じた2泊でした。

ちなみに滞在先はリヨン。
街並みはかなり美しく、
旧市街は歩いているだけでいい気分でした。
ただ場所を間違えると妙な空気である場所が多い
というのもまた事実でした。
んーアンモニア臭・・・という具合に。

ちなみにこのリヨンは
「星の王子様」の作者がいた場所(?)のようで



リヨンの有名人としてこのビルに描かれていました。


そして美食の街に相応しい料理も満喫。
残念なのは魚にあたってしまったことです。



と、まぁ初体験のカウチサーフィング、
リヨンを満喫したわけです。
次回はイースターを目安に東欧の方まで足を伸ばせたらなぁ
そんなことを思うバーゼル行きの列車内でした。

2011年2月15日火曜日

第1セメスター修了

ようやく1学期目が修了。
9月の末から始まって、今日まで長かったー。
けど早かったなー。
そんな気分です。

授業自体はクリスマスイブの午前中で終了。
なぜかここチューリッヒは午後だけ祝日
という祝日が結構あるみたいです。
そしてそのあとは何かというと、ETH名物「地獄のテスト期間」。

最近知ったんですが、この大学のような試験日程をとってるのは
スイスでもうちだけらしく、他の欧州大学とも様子が違うよう。
その証拠にエラズムスという
欧州内留学プログラムで来ている学生の多くは
新学期が母校で始まるため、試験期間の最後までいないとのこと。
エラズムスのために別枠で試験を設ける教科もありました。

とにかく、この地獄の試験期間は何かというと、
端的にいうと試験期間が2ヶ月あるということです。
具体的には12月中旬から2月中旬。
「授業内試験」という名称で設けられる試験が12月中旬から1月中旬、
「学期末試験」という名称で設けられる試験が1月中旬から2月中旬、
これは人によって異なるのですが、授業内試験のみの学生もいれば
早めの授業内試験と遅めの学期末試験もおり、
コンスタントにずっと試験がある学生もいます。
僕はコンスタントでしたw

よって12月中旬から今日まで、
(クリスマスに訪問したイタリアの10日間は130分程度でしたが)
2ヶ月間ずっと試験勉強です。もうほんとだけです。
外には出ず、息抜きはネットです。
まぁネット絡みの時間の浪費はかなりあったとは思いますが。。w

結果はまだでていない教科が大半のため
なんとも安心はできないのですが、
とにかく終わったんです。
終わったもんはもう終わったんです。
何教科は結構不安なんですが、でもまぁ結果がでてから悩むとします。

そして試験終了後2時間後に電車でバルセロナへ移動。
11時間の旅の途中でこれを書いてます。
もうずっと部屋にいたのでなんとしても出たい、
その思いだけで出発です。

飛行機での旅も考えましたが、まぁ環境学んでるのに
自分がガンガンemission出してどうするって話もありつつ
電車移動ですw
本当は景色が変わっていくのが見たくて電車を選択。
ただ思いの外景色が変わらず本に熱中。
そして飽きた頃にはもう真っ暗で今ですw

話はそれましたが、この試験期間で一番実感したのは
「目標(target)の設定の重要さ」
「メンタルコントロールの難しさ」
です。

一点目については、学部時代の教科は工学がメインで、
しかも演習ベースだったので
比較的目標がはっきりしていたので
それを目指すだけでよかったんです。
でも今やってる教科の多くは演習ベースではなく、
概念の把握とその実践で、
それをどのレベルまでどう把握すべきなのかが掴めず
かなり苦労しました。
自分の思考レベルや、学術的なアウトプットがかなり至らない
というところは置いておいても、
その点がはっきりしないうちには二進も三進もいかないな、
ということを実感した次第です。

そして2点目についてはこれに関連して、
どうしても2度ほど通してしまうと
「わかった気でいてしまう」という悪い癖が
なかなかうまく扱えませんでした。
これに限らず自分の精神状態で
かなりインプットもアウトプットのパフォーマンスが
変わることを実感しておりそれをいかに処理していくか、
というのが来学期の課題と言えそうです。

来学期までにリフレッシュをして
今後についての検討もしつつ備えたいと思いながら
TGVに揺られるジュン・コーノでした。