2011年6月20日月曜日

ドイツが脱原発に向かう理由

昨夜、ある食事の席でドイツ人と様々な会話をしました。
そのドイツ人の方はNY、ソウル、東京にチューリッヒと
国外で過ごしている時間が長い方で様々な実体験を通した上でのお話が
すごくおもしろかったのです。

カルチャーの話や人付き合いについての傾向や
外国人から見える東京の姿とか。
いろんなことについて話ができた夜でした。

話がどんどん技術絡みになっていき、
そして原発の話へ。
そのドイツ人の方が言うには、
ドイツ社会が反原発であったことには理由があり
それが今回の脱原発へ大きく舵を切り直したことにも
理由があるのだそうです。

タイトル等は聞けなかったのですが、ドイツの小学校の教科書には
ある魔法使いの物語が載っているそうな。
その魔法使いは学校で魔法を学んでいく上で
絶対に唱えてはいけない魔法等も教わるのだそう。

その唱えてはいけないと言われる魔法は
「魔法自体のコントロールが効かなくなってしまうから」
という理由で禁じられていたのだそう。
つまり、魔法使いの能力を超えた魔術なのです。

物語の中ではその魔法使いがその禁じられた魔法を
好奇心で唱えてしまい大変なことになってしまうとのこと。
そして多くのドイツ人は
この話が頭のどこかにあるケースが高い
とのことなのです。

この話から得られる教訓の一つが
「人知を超える制御不可能なものは手を出すべきでない」
ということのようです。
これがあってか、ドイツ社会では根強い反原発の背景があり
90年代前半からの風力発電の補助政策等の新エネへの社会転換へと
繋がっているとのことなのです。

そして今回の脱原発の風潮。
チェルノブイリを経験した欧州が
フクシマを機に大きく舵を切り直している大きな理由が
「日本」で起きたということに由来しているとのことなのです。

チェルノブイリが起きた際には
「ソ連だったから。我々ならうまくできる。」
そういう風潮であったようなのです。
原子力という大きすぎる力ではあるけれども
まだマネージできる可能性はある。
そういったことから脱原発のプランを引き延ばしたのです。

しかし今回は
「技術力の高い日本で起きてしまったのだから」
ということで、もはやこれは使うべき技術ではない
そういう空気なのだそう。

このドイツ社会の足下の感覚がこそが
脱原発への急速な再転換を突き動かす
強いファクターの一つであるらしいのです。

2011年6月12日日曜日

2セメスター通してふんわり思ってること

先日学科のみんなと飲んでるときの話。
学科の海外組(スイス国外の人)の多くが集まった飲み。
こうやって学科の多くの人間が集まる飲みって
実はそんなに回数はないのです。

その数少ない飲みの場。
学期が終わったのを祝す意味も込めたこの場で感じたことは
「みんな楽しそうだな」
そう感じたのです。

もちろん、飲みの場では自分自身も楽しかったし
みんなでわいわいできたのですが
みんなの顔が元気なんです。
そして私はそんな顔をできてなかったと思うのです。

学科の中でも「デキる」ドイツ人の友人は
頭のキレ、成績、プレゼン能力、コミュ二ケーションスキル抜群
パーティー大好き、マッチョ、イケメン。
マジ男目線でもホレボレするような奴で
そんな彼の話を聞いてる中で自分の中にひっかかったのが
"Of course there needs to be a time to push yourself hard
but there also needs to be a time to set back and relax"

他にもコロンビア人の友人はthere needs to be a lifeだったり
なんとなく自分のスタンスと違ったように感じたのです。

私は彼らとはスタートラインが違うのだろうと感じている部分があり、
それ考えると捉え方が違って当然なのです。
常に自分を100%プッシュできているか、
と問われればそうではない可能性が高いですが、
少なくとも様々なことを抑えてきました。
それは、今が「自分をプッシュするとき」だと思ってたからです。

2期目になり、受講数を減らして生活を楽しめるかと
甘いことを考えたりもしましたが、授業の構成が変わる2期目は
結局コマ数減らしたところで作業量が増えるものが多く、
終わってみればいっぱいいっぱいで
顔もかなり暗いものだったかと思います。

今いる環境は、みんなすごくいい奴で優しいのですが
リアクションがストレートなので今自分が相手にどう映ってるか
それが手に取るようにわかったりするのです。
鈍感で名高い私が。

それが少し変わりだしたのが駅伝を走ってからなのです。
周りの反応が変わり、会話の内容も授業などについてから
夏のBBQいつやる?等の内容へ変化してきてるのです。

自分の限界に挑戦するような、
機会を最大限に活かすことというのはすごく大切なことだと思います。
でも、それは「生き急ぐ」ことと表裏一体だと思うのです。

私はまだその域にすらいけてないとは思ってます。
でも、少なくとも周りの友人たちとは違う顔をしていました。
別のカルチャーを持つ彼らとは。

何事も「しすぎる」ことがよくないのは自明なことですが
いつでも何か自分をリフレッシュするようなことを
自分の時間の中に詰め込むことの重要さを
なんとなく感じ始めているのです。

本当に当たり前のことなのですが、結局どんなときでも
「メリハリが大事」これに尽きるのかなと。
自分の周りにある「世界」を通して思ったことなのです。