2011年11月14日月曜日

家探しのときに出会った学生の話

現在家探しまっただ中なのですが、そのときの一幕。
訪問した家の彼はETHの建築の学生さんで学部2年目だということで
自分の状況とは異なってるので色々話をしてみたのです。
というのも家をゲットするためには印象をよくしないと選んでもらえないのだそうな。
だからまぁ良く思われようと必死に愛想を振りまくわけです。

とにもかくにもぺちゃくちゃずっとしゃべってたんです。
その家を出て駅に一緒に向かう間もずっと。
ただ色々話す中で一つすごく気になったのがスイスの教育システムの話。

スイスの教育システムは世界的にも良いとされているものらしいのですが
それでもやはり様々な問題がある様子。
例えば州によって教育の年数が異なる点であるとか
カリキュラムの違いだとか。
そのため大学入学時に不利になる州の学生もいるのだとか。

ただ、もちろん評価されているシステムだけあって面白い点はあるのです。
職業訓練についてです。

スイスの学生で大学に進学するのは30%ほどらしく、
その他は職業訓練を行うそうな。
その職業訓練では働き方は割とフレキシブルらしく、
週2、3日ずつ高校に行ったり仕事場に行ったりすることもできたり
職業訓練を経た後に大学に入学する資格を取得して入ったりと
いくつもの時間的な多様性のあるパスがデフォルトであるようなのです。

なので例えば同じ大学一年生の時点で18にもなってない子もいれば
23の子もいるのがある種そう珍しくない状況だとのことなのです。
もちろん、大学や学科によってもばらつきはあると思います。
話しをした学生が建築の子で、比較的職人肌の強いフィールドでもあるため
ばらつきが出やすいのかもしれません。

ただ、10代中盤のうちに
コンビニのレジ打ちだけでなく実務的な経験を積み、
その上で希望すれば高等教育に戻ることが可能な環境を提供するこのシステムは
すごく面白いものなのではないかと
家が見つからない絶望感に打ち拉がれてる中、思ったことなのでした。

2011年11月9日水曜日

不安はドライバー

母国を離れれば不安しかない生活です。
家をいつ追い出されるかわからない。
道で普通に歩道にたっていてもクラクション鳴らされる日々。
金銭的援助をいつまで国からしてもらえるかわからない。
そして来年何してるか全くわからない生活。

就職活動というものがオフィシャルにはないこの国。
それでもそれらしいものはそれなりに存在するこの国。
国際的なようで非常に閉じているこの国。

どこかの東洋の国と似た部分は非常に多いです。

それでも大きな違いはあります。
それは不安というもののスパンの違いです。

この国の不安というもの非常に短期的で
自分自身が対峙できるようなものだと現状で感じています。
例えば就職活動がそれであったり、
学位を取ることがそれであったり。

何かを成すために必要な時間、
そしてそれを例えしくじったとしても取り返すだけの時間
それが比較的短いような感覚があるのです。
日本とは違って。

例え一度目の就職先がうまくいかなかったとしても、
その次にいい出会いがあったりする場合がある。
そういう部分であったり
とにかくチャンスが多いような気風があるのです。
一回一回のプロセスがシビアだとしても。


そんな中。

悲観的にで有名なスイス。
アジアのスイスと揶揄される日本。
両国とも共通するのは悲観主義であること。

そんなスイス人との本日の会話。
その会話の中で至った結論として

ロングタームの不安は漠然すぎて迷いを生む
でもショートタームの不安は自分を押すいいドライバーになる可能性が高い

そこが共通して納得が行った点がだったのです。

すなわち不安というマイナスに作用するようなものを
その期間の長さによっては
捉えようによってポジティブに捉え直すことができる。
そしてそこが肝なのではないか。
その点に至ったのです。

日本につきまとう漠然とした将来の不安というものに着目するのではなく
一人一人が目の前にある不安というものに取り組む姿勢を強化することの
重要性みたいなものに話が至ったわけです。

この点については上記に述べたような
来年どこにいて何をしているかわからない不確実さが常につきまとってる生活
そんな中で自分自身が至ったものとほぼ相違なかった点で
それをスイス人自身が感じている点に驚きを覚えました。
その点この国のエリート層がいかにバランスの取れた感覚を持っているか
それを感じ部分でもありました。

まぁとにかく
根拠のないポジティブシンキングが
物事を前に進めるためには
実は必要なんじゃないか
そういったことを思ったわけなのです。
そしてそれをスイス人と導いた結論である
ということに感銘を受けたのでした。