2012年12月27日木曜日

トランジッション。

気がつけば久々の更新。
いつの間にやら2012年も終わる今日この頃。
時間が止めどなく流れ去っていってるわけです。

そんなこんなでスイスのマスター生活も終わりました。
修論は担当にあまり恵まれなかったということもあり
今ひとつな評価にはなったものの
プレゼンでは他の方々から直接良い評価を頂けたということで
それなりに形にはできたのかぁといった締めくくり方をできたわけです。

そんなこんなで二年間というあっという間な年月を経て今に至るわけでございます。
マスターを終えたと言っても、ステータスは学生のままなわけです。
学生の籍を残したまま小さなスタートアップでインターンを開始したわけです。
というのも、チューリッヒの事情柄なかなか就労ビザが降りないもので
手っ取り早く収入を得られるオプションを選択するということで
インターンを開始することとなったのです。

そのインターンの内容が営業になったわけで
欧州各国に製品を売り込むといった業務を担うこととなったのです。
実際にお客さんと顔を会わせるわけではないので
電話やらメールやらで仕事をしてるわけですが
非常に貴重な体験ができているのかなぁと思ってやらせてもらってるわけです。

実際ある程度英語をうまく伝えられないと得られるポジションではないし
同僚のギリシャ人はなかなかうまくいってない様子が見受けられている中で
一定の成果がこの2ヶ月で出せている点については自信にも繋がっている部分もあって。
でもあくまでもインターンなのでこの先が保証されているわけでもなくて。

そんなこんなで充実もしているもののまだまだ不安定な生活を送っているわけです。

こういった状況の中で今年の9月以降にチューリッヒに来た日本人の方々と触れ合う中で
自分自身がどういった基本スタンスで今生きているか、と言う点で改めて考えてみると
自分がいかにこの土地で生活基盤を築き上げることができるか
そういった観点で捉えていることを認識するのです。

ここだからできる冒険的なアプローチではなく
いかにここで生活していくために心地の良い環境を築きあげることができるか。
そういったcomfortについて重きを置き始めていることを認識させられているのです。
ある種覚悟が決まって来ている、というか。

実際次の半年で自分の生活基盤がどこにあるかは全く見えてない今現在。
それでもその基盤を日本以外に求めている部分を実感し始めていて。
自分自身で自分のそういった意志を少しずつ実感しつつある
そんなスイス三年目の年の瀬なのでした。

それでは皆さん。
良いお年を。

2012年9月27日木曜日

転機。

必然的にそんなタイミングです。
修論もあと少しで終わり、マスター生活も終わりです。
そしてその後です。

現状全くの未定です。
いわゆるNEETです。
ガチのやつです。

ここでの修論は基本的には全体として
「この日が期日」
というのはなく、プロジェクトによって開始時期も違い
それに伴って修論の期日も異なるのです。
なので卒業時期は人それぞれ。

半年前に卒業した同級生もいれば
2ヶ月前に修論提出し終えた友人もいます。
先週発表を終えた友人もいれば
来月末に発表する同期もいます。

そんなこんなでその後のプランについては
卒業時に決まってる人半分
卒業してから決める人半分。
そんな感じなのです。
そして私は後者の半分。

卒業していった者には
国を去って母国に帰る者
この国に残ってキャリア積む者
そして他国で機会を得た者
みんなバラバラなんです。
それぞれがそれぞれ自分で決めて
それらの目的地へ向かっていったのです。

次のフェーズに進むのは
おそらく人生を大きく左右する一歩に思うのです。
人には無限の可能性があるのかもしれないけど
全てを手には入れられない。
その可能性の芽摘まないといけない一歩
トレードオフをしないといけないステップな気がするのです。

だから一回立ち止まって
自分がどこに進みたいのか。
それを熟考しないといけない時だと思うのです。

どういう方向、どういう生き方、どこで生きるのか。
そんなことを考え始めてる
修論提出間近で切羽詰まってる
今日この頃なのでした。

2012年7月12日木曜日

便利なジョーホー

情報が世の中に溢れかえって久しい昨今。
それらをどう得てどう付き合うかが大きなトピックの一つに
なってるかと思います。

例えば我々がほぼ毎日使うネット検索では
ユーザーが必要とする情報にいかに正確に早く辿り着けるか。
そういった改善が日々されてるそうな。

具体的な例としては
女性がweightってタイプしたときには
ダイエットにまつわる情報が真っ先に来て
男性がweightをタイプした際には
増やす方の情報や関連商品が出て来るとのこと。

こういったユーザーの嗜好を検索エンジン側が判断し
それに基づいて情報を提示してくれてるわけです。

最近ではニュースについても
自分の嗜好に合わせたものを提示してくれる
便利なサービスもあるのだとか。

こういった氾濫した情報の中で個々人が必要とするそれへ
辿り着けるような便利なツールは益々増えていくかと思います。
ただ、これらの便利さには注意が必要だと思うのです。

先日たまたま見た動画の中で世界と日本の中を旅した中田英寿が
日本と世界の違いについて述べていた部分に非常に共感したのです。
「日本はすごく便利。だから考えることをあまりしない人が多いんじゃないかな。
これはおそらく自分を含め、大部分の人にあてはまるような感覚でいます。


利便性が高い状態に慣れてしまうことで
その恩恵であったりそれのシステムについて考えなくても良くなり
日常的に思考力を要求しない状態が普通になってしまってきていると思うのです。

また、情報についても同様で
あまりにも多い情報の中、自分の嗜好にあったものだけを取捨選択し、
同じ単語を検索してるにも関わらず違った検索が結果が出て来るというような
無意識的に趣味嗜好に合っていることを理解しないでいる状態で居続けると
多様な意見や見方を受け入れられなくなっていく危険性が高まるという
見識もあるとのことです。

本来は情報がたくさん提供されることによって
多面的にある事象を捉えられるにも関わらず
溢れ過ぎた結果その逆を行ってしまう危険性がある。
便利になり思考しなくなった結果、
それら危険性が存在することを考えなくなったときが
もっとも危険であるのだとか。

また、主体的にインターネットを通して調べた情報が
自分の嗜好に近いようなそれを提供されるとなると
一体どうすれば信用に足る情報を得ることができるのか。
そのファジーさがチャンネルが増えれば増えるほど
増大していくというのです。

この他、情報の議論についてはその発信源を含め
こうしたインターネットの普及がもたらした現代社会の課題を
社会学専攻の友人との話したのがすごく参考になったのでした。

入ってきた情報についてそれが絶対的な真実である
とは捉えちゃいけない。
こういったことがあるから、こういう可能性がある、
といったことを頭の片隅にでも置いておくことが
これからより便利な世の中になっていく上で
最重要になってくるのではないかと思うのです。

2012年6月14日木曜日

時間

歳を重ねる度に時間の過ぎ行く感覚が早くなってると
誰しもが感じているかと思います。
自分が経験してきた時間が長くなっていけばいくほど
新たにやってくる1分、1時間、1日が相対的に短く感じると
私はそう勝手に解釈してるわけです。

小学校のときはあれだけ長く感じたたった3ヶ月程度の1学期が
今は手からこぼれ落ちるように過ぎ去って行ってしまって。
色んなことが後手に回ってしまってる
そんな気分にさえなってしまって。

でもそれってきっとあのときと今では
やるべきことが圧倒的に増えてるからこそ
感じるものだとも思うわけです。
歳を重ねて自然に感じるその時間の流れのほかに。

ただ一方で子供のころのように
色んなことにフレキシブルに対応できなくなってる
これも事実だと思うのです。
だからマルチタスキングが難しくなって
いくつかあるタスクを同時にうまくこなすのも難しくなって。

この一ヶ月間、やるべきこととそれらへの時間の振り分け方に
すごくてこずっていたらあっという間に過ぎてしまって
これやらないと、あれやらないと
頭でわかっていて1つ1つこなそうとしてるものの
なかなかそれでもうまく前へ進めてない、
そんな日々を過ごしてたわけです。

自分の中で悶々するだけでなく
他者からもいろいろな指摘を受ける中で
どんどん自分に幻滅をしたり
たまに自信をつけたり。

子供のころは
こうなれたらいいな、あぁなったらいいな
今は
これをこうしたい、あれをあぁしないと

時とともに意識が明確になって
明確になればなるほどそれらから得る満足感が変化してきてる
そんな風に思うのです。

歳を重ねれば重ねるほど
自己満足しにくくなってるような
そんな気がしてるのです。
四半世紀という長いのか短いのか時間を経て
そんなことを思う今日この頃なのです。

2012年5月20日日曜日

電力

日本の54基ある原発全てからの電力供給がなくなって一定期間経ったかと思います。
このことについて最近たまに周囲の人間と話をすることがあります。
まぁ工科系の大学なのでね。
基本的にこの界隈の話は出てくるのです。

自分の中で印象に残ってる
ドイツ・スイス・アメリカの三人との会話で見られた
共通したリアクションは揃って
「信じられない」
これは良い意味でも悪い意味でも、です。

まずドイツではフクシマ後に6基の原発の停止は早急にされましたが
残り11基は引き続き稼働している模様。
そして22年までは動き続けます。
スイスでも34年までの原子力からの脱却を掲げていますが
現状は世界最古の原発を含めた5基全ての施設が稼働中です。

一方日本は一年間で54基全ての施設を停めても
電力の安定供給を可能にしているわけで
この事実に驚愕するのです。
信じられないと。

しかし停止した分を何で補っているかという部分に話が及ぶと
またそこで信じられないという話になるのです。
石油・石炭火力で賄っているのかと。

エネルギーで環境問題の話をする際は
多くの場合二酸化炭素と温暖化問題が主でしたが
昨年以降はそれ以外の要因が入ってきて議論が複雑化したわけです。
もちろん再生可能エネルギーで全部賄えばいいのかもしれませんが
それもそれで生態系への影響等で一筋縄にはいかない。
水力だと魚類等への影響
風力だと鳥類への影響。

様々な側面を検討した上で各国がエネルギー指針を設けているわけで
そのための10年・20年の時間なわけです。
一年で全ての原発を停めたはいいものの
今後の供給プランを持たないまま
現状のように全ての原発を停めていては持たないはずなんです。

そしてこの原子力政策をどうするかまだ決め兼ねているという
状況を伝えるとやはり驚かれるのです。
「信じられない」と。

新しいエネルギー政策についてはもちろん鋭意議論中なのでしょうが
それが決まるまでずっと今のままやせ我慢の不健全な状態は
国として危険と言わざるを得ない。
この話をするときは最近毎回こう言っているのです。

2012年4月29日日曜日

山の国から 〜2012年 再会〜

あっと言う間にもう4月も終わりです。
早いですね、時間が過ぎるのは。

修論が本格的に始動して早一ヶ月半。
一時はスーパーバイザー(sv)から
「別のトピックに移ることも考えて」
と半ばクビ宣告を受けながらもなんとか生きております。
オーストリア人のこのsvとはなかなかうまくコミュニケートできずにいたのですが
ようやっと歩み寄れてきてる、そんな具合で
それに伴い研究の進捗やら議論等良好になりつつあります。

やはり人との関係って重要なんですね。
これまでは関わる人に恵まれていたことを再認識させられました。
誰とでも友達になれなくてもいいですが
色んなタイプの人とうまくやっていける、
そのレベルでいいので人とのコミュニケーションを磨いていけたらなぁと
ぼんやり思っております。

さてさて話は変わってタイトルの件について。
小学校の同級生に12年ぶりにジュネーブで再会してきたのです。

フェイスブックのいい点ってこういうとこだと思うのです。
たまたまそこで見つけて、
たまたまスイスにいることがわかって、
これは会わないといけない!と思って。
比較的悪用の方に注目がされがちですが
こういった再会も可能にしてくれるツールと考えると
すごく便利なものだと思うんです。

この再会はまさに「再会」といった感じで
今世紀初めてで、一回りしてて、年齢も倍になってて、酒飲んで話してて
とまぁ不思議な感覚でした。
自分の幼かった頃の記憶の中にいた人と全く異なる場所で会うってのは
ほんと不思議でしたね。

これまで中学・高校・大学で出会った人たちとこっちで再会したんですが
小>中>高>大の順で妙な感覚でした。
人生の半分近く前の記憶たちですからね。
またどこか違う場所でこういう昔の仲間たちと会えたらなぁ
なんて思ったわけであります。

自分的にはジュネーブでこれ見れただけで満足。

2012年3月31日土曜日

きっかけ

私が海外大学院へ進学しようと思い始めたきっかけの話を少し。

もともと自分は幼少期にアメリカで生活をしていたため
短期・交換留学等には一切興味を持っておりませんでした。
「海外」を「知った気に」なっていたからです。
だから大学の長期休みにはバイトしてお金を稼ぐ、ということに
大半の時間を費やしていたのです。

その見解が変化したのが父のドイツ赴任でした。
父の赴任が決まってから母が何気なしに
「じゃああんたもドイツに留学しちゃいなさいよ」
そんな軽い一言で欧州大学について調べ始めたのです。

そして結果的に一年休学して一年交換留学するなら
二年間フルで国外でマスターをやった方が良いんじゃないか。
そういったことで今の進路を決めたわけです。

今自分がここにいるためのきっかけをくれた父が昨日日本に帰りました。
私は視野が広くはないので自分に近いところで起きることに
すごく影響を受けて来たのかと思ってます。
今このチューリッヒという町で出会った人たちの間で見えたりするものや
こういった家族の変化や。

2012年は自分にとっても確実に変化が訪れる年。
それがどういう方向に進んでいくかは残念ながら全く見えてない状況。
でもきっと何らかの形で新しいきっかけに出くわすのではないか
出くわしたいなぁ、とえらく楽観的に捉えている
今年第1Qの最終日なのでした。
本日のチューリッヒ湖畔

2012年3月24日土曜日

春です。気温が高くて気持ちの良い日が続いております。
湖沿い・川沿いにはビールを飲んでワイワイしてる人やら
ただただぼーっとしに来てる人やら本を読んでる人やら。
この季節のチューリッヒはほんとに素敵という言葉がぴったりです。

日本は卒業シーズンということで
卒業された皆様、本当におめでとうございます。
私は引き続きのうのうと学生生活を続けております。

ここで学生をやっていると時々感じるのが
同年代の人たちに「置いて行かれてる」
そう思うことがたまにあるのです。
そして今それを強く感じているのです。

何もアウトプットが吐き出せていない自分。
社会で、成果を求められる企業体等の中で
それらを出している友人たち。
そういったことに一種の焦燥感を覚えてるにも関わらず
動けていない自分。

わかっていながらやらないことの罪の大きさ
そのことが頭にある分より負の感情が芽生えてしまっている
こんな状況のここ最近。

季節は春で町も人もキラキラしてるのに
頭の中ぐっちゃぐちゃのドッロドロでございます。

自分で自分をプッシュするだけの精神的な体力を
今一度鍛え直す、そこを意識していかないといけないと
このエントリーを書いているうちに思ったのでそうすることにします。

お口直しの一枚。湖からの写真。

2012年2月29日水曜日

うるう日

4年に一度ということで書いてみてるわけです。
とりあえずレアな日なので書いてみてるわけです。

特に書くこともないなぁと思うのでとりあえず前の閏年のことを回想。
4年前は2008年。
実はちょうど4年前の2月に欧州初上陸してました。

欧州なんて「欧米」ってまとめられるくらいなんだからまぁアメリカっぽいんだろう
そんな軽ーい気持ちで来たらまぁびっくり。
全然違うわけでしたよ。
建物やら雰囲気やら人やら色んなことが。
大人になってから日本を出るのが初めてで
それなりにいい面も悪い面も見れるようになっていたため
一概には両地域を比べられないのも事実なんですけどね。

でもやっぱり違うんだなーって感じたことを覚えてます。
いくら映像で見てても、やっぱり体感すると
より違いがわかるんだなって
そう感じたんです。

そしてこの4年前を契機に実は日本を出る機会が多くなってました。
2008年は2・8月に欧州
2009年は7月豪州、11月欧州
2010年は3月米国、7月から欧州
2007年以前は修学旅行でタイに行った以外出てなかったですから。

そう考えると実はこの4年で結構色々変化してるんですね。
自分の肩書きも3回変わってて
引っ越しも4回してて(うち3回はこの半年で)
体重も落ちてて(変動は激しいのですが)。

たった4年。
4年前の自分が今ここにいるとは思ってなかったですからね。
ただ漠然とした想いがあったことも事実です。
欧米の大学院に進学したい、と。

でも4年。
経過を観察するのにすごく良い時間のような
そんな気が今振り返ってみて思ってるわけです。
想いがあって、それが実現・実践できているかどうか。

もちろん、どこに時間の基準を置くかで話は全然違うんですけどね。
たまたま自分的にはうまく合致したわけです。
この時期とこの期間が。

と、まぁこの記念すべきうるう日をきっかけに使わせていただきましたとさ。
次のうるう日には何を思ってるんでしょうね。

2012年2月24日金曜日

とおまわり。

最後のチャンスであった今回の試験。
敗者復活戦だった今回の試験。
今年に入ってからほぼ全ての時間をそのために使ったです。
無事にパスすることができました。

苦手な教科との自覚ありのものだったのですが
ETH内の評価としてはvery goodに相当するものがゲットできました。
本当はexcellentが取れたら最高だったんですが、
まだまだその域には達せなかったようです。

とにもかくにもマスターの最終フェーズに突入ができたわけです。

今回の出来事を通してすごく感じたのが
自分は独りじゃないし
独りじゃどうにも立ち行かなかった。
それを強く感じたのです。

従来のアプローチをエクストリームに持ってった昨夏。
その真逆を狙った今冬。
その大きな違いが人との関わり方なのでした。

人との関わりを断った昨夏は完全に失敗し
人との関わりをギリギリまで保った今回はうまくいったのです。
単純には比較できないんですが、結果うまくいったのです。

人と会う、という意味での関わりがあったことで
精神的にリフレッシュできた
というのももちろん大きく作用したのですが
なんだか今回大きく感じたのは
勘違いかもしれないんですが
誰かが自分のことを気にかけてくれてる
なんとなくそう思ったのです。

支えられてる
そう思ったんです。

家族はもちろんそうなのですが
大切な友人・仲間
その人たちに支えられてると思ったら
なんだか気持ちも楽になったり
頑張ろうと思えたり。
精神的な部分ですごく力になったのです。
力になってるって気付いた感じですかね。

きっかけは色々あるかもしれないんですが
今回もしこの敗者復活のチャンスを通していなかったら
こう思ってなかったかもしれない。
そう思ったら順調にことが進まなくてよかったのかなって
思えるような気持ちになってます。
きっとこれは俺に必要な時間だったんだ、と。
もちろん、今となっては。ですが。

と、まぁ自分の力と大切なものに気付き
自分も誰かのそれになれていたらなぁと思いつつ
ラストフェーズに向けて気負い過ぎずに気合い入れてこうと
そう思う春の陽気のチューリッヒの昼下がりなのでした。

2012年2月2日木曜日

修論テーマ選び

修論のテーマが決定しました。
簡単に言うと流行りのスマートグリッドに関する話です。

今いるプログラムはすごく自由なもので
結構好き放題できる感じなのです。
例えば自分でやりたい内容を考えて
この人にみてもらいたい
と思った人のところへ出向いて話をつけたり
幾多ある研究チームがオファーしている研究プログラムを選んだり。

自分の場合は最初は前者で動いていたんですが
なかなか自分の思った方向に指導してくれる教員に出会えなかったことと
奨学金の制約上、あまり時間をかけられないため後者を選択。

そのオファーのなかでも数ある中から一つを決めるんですが
これまたなかなか難しいのです。
自分が興味ある、というのは候補を絞るという点では良い基準になるのですが
決定打になる指標にはなりませんでした。
というのも、興味のある分野の研究内容って
どれもおもしろさを見出そうと思えば見出せる、
というか実際おもしろいと思うんです。
絶対途中で「うわーっ。。」ってなる瞬間はいっぱいあるんですが。

でもその面白そうなものの中から最終的に決める基準になったのが二点あったんです。

一つは学習機会。
これは学生という身分をフルに活用したものだと思ってます。
まだなんの責任も問われず思いっきり失敗していい身分だからこそ
自分にとって新しいチャレンジができと思うんです。
それがあるからまだ手の出したことのないようなスキルを必要とする
そんなものをやってみようと思ったんです。
そしてそのスキルがほしいと思ったからという側面も強いですね。
後々自分のためになるはずですし。
そういう意味では打算的で戦略的な面があるのかもしれないです。

そして二つ目は規模感です。
これは純粋に自己満足の側面のみです。
一つのプロジェクトが
「世界でもこのアプローチで取り組むのはこれだけだ」
ということで、このようなキャッチーなフレーズに心躍ったのです。
やはり自分がやることの目的や意義みたいなものがハッキリしてる方が
やる気がでるってもんですしね。

出願時に提出した研究計画とは結局全く異なることをやることになってるのですが
2年間でのインプットによるアウトプットの変化は起きて当然と思っています。
起きなくても不思議ではないとも思います。
変えちゃいけない、変えなきゃいけない
そういった脅迫観念に駆られないで自分の意志の向かう方へ進んでいく
その方が大事なような気がします。

そんなこんなで3月から9月はスイス滞在がほぼ決まったわけです。
あとは中旬の最後の関門、試験を乗り切るのみなのです。

2012年1月31日火曜日

ことば

「ことば」って難しいと思うんです。
ニュアンスや雰囲気があって言語によって違って。
日本語で言うような表現を英語に置き換えてもうまく伝わらないし
英語で言ってることを日本語にしてもなんだかしっくりこないし。

でもそれ以上に感じるのは
どの言語でも適切な表現を身につけること
それが大切だと思うのです。

誰かに何かを発するときって
そこに自分が感じたこと、思ったこと、伝えたいこと
そういった自分の頭の中にある気持ちを表現するときで
そのときにそのときの自分の気持ち明確に相手に示したいからだと思うんです。
でも相手と少しでも共有するためには共通のプラットフォームが必要で
それが「ことば」だと思うんです。

たとえそれがどんな定型句的な表現であっても
その後ろに何かがあればそれが伝わると思うんです。
でもそういったものたちでさえなかなか言葉にできてない
そう感じているのです。いわゆるボキャ貧ってやつです。

色んなケースがあって、色んな感情があって
その時々に完璧にフィットする表現なんて身につけられるなんて到底思ってないんですが
それでも伝えたいと思う感情があったときに少しでも相手に伝えられるように
もっともっと色んな「ことば」を会得しなきゃなぁと
年に2回ある別れの時期にふと思ったのでした。

2012年1月15日日曜日

カタカナことばの使い方

日本語というのはすごく豊かな言語だと思うのです。
省略してわけわからない響きの単語が毎年のように生み出され
違う国の言葉をそれっぽくアレンジして日本語化して使っていたり。

日本の情報というのがオンラインソースしかないこちらの状況の中で
周りの決して少なくない日本の方々が思っている共通の感覚としてあるのが
「グローバル」という言葉の使い方に対する違和感なのです。

企業に対して「グローバル」を使うのは納得のいくものだと感じています。
日本の企業が世界の各大陸において商品展開をしていく。
これは間違いなくグローバル化だと思います。
でもこの言葉を「人」に使うのは全くもっておかしいと思うのです。

この「人」に対して「グローバル」を使っているという点で
いかに日本の社会が「海の外」を別世界として見ていて
「海の外」に出れば「世界」だと認識しているかが表れてるのだと話に友人と至りました。
たしかに日本は他国とは違っている部分は多いのかもしれません。
そういった意味で外は別世界なのかもしれません。

例えばアメリカに行くのと韓国や台湾に行くのでは同じ「海の外」。
でも前者に行けば「グローバル」で後者はそうでないとしているように感じています。
これは完全なるステレオタイプではありますが、
アメリカに行って「グローバル」を語るケースが多いように思うのです。

しかしこれはただの「インターナショナル」なだけなのです。
良いケースであれば「マルチカルチャー」。
一人の人間が異国へ行き、そこで異国の人の異なった文化を経験することを表すのは
この2つの言葉だと強く思うのです。

もちろん世界一周をし、現地の人々と一定期間共にすれば話は別なのですが
「グローバル」な人材が溢れるほど、この世界は狭くないはずなのです。

この言葉に限らず、カタカナで使用される日本語に対する注意は必要だと思うのですが
ここ最近感じる違和感はこの言葉に対してなのでした。

2012年1月4日水曜日

日本からの帰り道。


帰国は割とラフでした。

まず成田でのチェックインはスムーズに行けたと思ったら
セキュリティチェックでだいぶひっかかったのです。
友達からもらったお土産が液体物だったことや
アメニティグッズを手荷物で持ち込んでたためジップロックが必要だったり。
あげくオロナインがひっかかったという
なかなか過去に同様の準備で行った際には
経験したことのないようなことが起きたわけです。

帰りの機内は隣、後ろに幼めなこどもっちがいたことで
ダイレクト、または席を蹴られるはでまぁ窮屈な感覚でした。
唯一の救いはCAさんに美人が多かったこと。
今までの経験からCAさんに全く幻想を抱いてなかった分びっくりでした。

そして着陸が一番のヒヤヒヤポイント。
大概フランクフルトに着陸するときは不安定だってことは覚えてるんです。
どうやら周辺は風が吹いている際には風が安定していなさそうなのです。
今回も同様で街が近付いてから空気を捉えきれてない感じでスッと落ちる感覚が幾度か。
ここまでは想定の範囲内だったのですが問題は着陸直前になっても解消されず。
滑走路直前になってもふらつく機体だったのは初体験。
クロスフィンガーをこっそりしながらいざ着陸。
若干右後ろに傾きながら接地し、その後左、前と接地。
その際右から左へ大きくGがかかったのです。
あ、横転する。
マジでそう感じました。こんな経験なかったので。
進行方向に背を向けて座ってるCAさんは席からすべり落ちそうになってましたし。
最終的にはうまくコントロールされて事なきを得たんですが、
まぁ戻ってきて早々冷や汗でした。

フランクフルトに着いてからのカスタムでは並んだ列が完全に外れくじ。
他の列が5組通す間に1組しか通さない外れオフィサー。
どうやらロシアからのフライトの客のチェックを厳しくやってたよう。
それでも他のオフィサーも同じ人たち見てるんだからその処理速度はないだろう、
そんな感じで見てたわけです。
そして次回からは絶対EU/CH citizenのラインに迷わず並ぶことも学んだわけです。
こっちで滞在許可証もらってから初めての空港利用だったので勝手がわからなかったのです。

フランクフルトからチューリッヒまでは電車移動。
カーボンエミッション削減って意味で電車移動を選択。
その電車、オンラインで予約をしてたチケットが
手続きを終えて空港駅に到着した1時間半後になっていたわけです。
万が一を思って余裕を見て取ったチケットだったので。
自宅に23時半に着く予定の列車だったので早く着けるなら早い方がいい。
そしてチケットキャンセルしても手数料の15€払えば一定金額戻ってくるしいいや。
そう思って県外機でチケットを買った後に窓口に行ったら
オンラインかつ特別割引のだから払い戻しはない、
とのこと。
前にできるって書いてあったような気がしたのだが、
いかんせん証明できるものもなかったのであっさり諦めたわけです。
とりあえず早く帰りたいし。フライト+電車の移動時間だけで17時間近くかかるので。

20kg近い荷物を5階まで階段で持ち上げてdoor2doorで22時間の長旅が終了。
そして現実に戻るわけです。
まずは日本滞在中に増えた5kgの体重が自然にそれだけ減るのか
そこに若干気を止めつつ2012年最初の勝負の1ヶ月半を生きてみようと思います。