2012年1月15日日曜日

カタカナことばの使い方

日本語というのはすごく豊かな言語だと思うのです。
省略してわけわからない響きの単語が毎年のように生み出され
違う国の言葉をそれっぽくアレンジして日本語化して使っていたり。

日本の情報というのがオンラインソースしかないこちらの状況の中で
周りの決して少なくない日本の方々が思っている共通の感覚としてあるのが
「グローバル」という言葉の使い方に対する違和感なのです。

企業に対して「グローバル」を使うのは納得のいくものだと感じています。
日本の企業が世界の各大陸において商品展開をしていく。
これは間違いなくグローバル化だと思います。
でもこの言葉を「人」に使うのは全くもっておかしいと思うのです。

この「人」に対して「グローバル」を使っているという点で
いかに日本の社会が「海の外」を別世界として見ていて
「海の外」に出れば「世界」だと認識しているかが表れてるのだと話に友人と至りました。
たしかに日本は他国とは違っている部分は多いのかもしれません。
そういった意味で外は別世界なのかもしれません。

例えばアメリカに行くのと韓国や台湾に行くのでは同じ「海の外」。
でも前者に行けば「グローバル」で後者はそうでないとしているように感じています。
これは完全なるステレオタイプではありますが、
アメリカに行って「グローバル」を語るケースが多いように思うのです。

しかしこれはただの「インターナショナル」なだけなのです。
良いケースであれば「マルチカルチャー」。
一人の人間が異国へ行き、そこで異国の人の異なった文化を経験することを表すのは
この2つの言葉だと強く思うのです。

もちろん世界一周をし、現地の人々と一定期間共にすれば話は別なのですが
「グローバル」な人材が溢れるほど、この世界は狭くないはずなのです。

この言葉に限らず、カタカナで使用される日本語に対する注意は必要だと思うのですが
ここ最近感じる違和感はこの言葉に対してなのでした。

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