2013年6月20日木曜日

この一年、次の一年

まずはフィリピンでの5週間の総括。
初めの二日は暑さと臭いと衛生面での適応
2週間はずっと腹痛との格闘
3週目からは快適な日本食の自炊生活の開始
帰る一週間前には素敵なお店で素敵な仲間に誕生日を祝ってもらい
自分にとって全くの未知だった東南アジアを
いい意味でいろいろ体験できたと思います。

そして思えばこの25歳という一年間は
比較的色んな国に足を伸ばせたような気もする。

フランスにきゃりーちゃんを見に行き
チェコでレンタカーの窓ガラスを割られ
オーストリアで白ワインに魅せられ
日本で散財し
スウェーデンに新たなポジション獲得に出向き
そしてフィリピンで未知なる経験をし。

その間にも揉めに揉めて修論を一ヶ月伸ばして提出し
欧州各国に新しいセンサーの販売網の構築に携わり
そしてフィリピンで低所得者層向けの住宅の環境評価を担当し。

こうやって書けばなんだかそれっぽいことを
それなりにやってるように書けるようにはなってきて。
でもこの一年間でやってきたことは
その他の歳に重ねてきたそれとそう変わらなくて
むしろその前の方が必死こいて頑張ってたような。

別に手抜きをしてるつもりはないけれど
でも歯を食いしばって試練に耐えてますっ。
っていうのはなくて。

自然になってきたんですかね。
歳を経るにつれて。

年々自分の本来の成分が濃くなっていく一方で
まだまだ変わり続けていきたい気持ちもあって
だからこそ違う刺激を求めて動いていて。
でも自分の性格的には
何にでも貪欲にでは決してなく。
自分のアンテナに偶然でもなんでも
引っ掛かったものに対してのみ積極的になって。

そんな風に
この次の一年も
自分が求めたいものを
求められることが許されるならば
好きなことを好き勝手やっていきたい
そう思うのです。

2013年6月9日日曜日

活躍って。

活躍ってなんですかね。
何をもって活躍って言えるのでしょうか。

スポーツの世界では
明確かと思います。
例えば野球とサッカー。
日本国外のリーグへ移籍し
そこで結果を残す。

インテルの長友選手や
レンジャーズのダルビッシュ選手。
彼らはそのチームの核として
成績を残している。
確実に活躍していると
言えるわけで。

一方で
デュッセルドルフの大前選手や
インディアンズの松坂選手。
成績を残しているという観点では
活躍しているとは
言い切れないのかと思います。

しかし、
今までいた環境ではないところで
チャレンジしているということを
活躍と定義するならば
大前選手も松坂選手も
確実に活躍していると思います。

でも一般的にはそうは捉えられてないかと思います。

時々自分にも
海外で活躍している
といった表現を使ってくださる方がいます。
でもどうしてもそれに違和感を感じるのです。
何も成果なんて出してないので。

もちろんそう言って下さった方は
ご厚意でおっしゃってくださってる
と思うのですが
当の本人としては
その言葉を頂く度に
まだ何もできてないな
まだ帰っても何もこれをやった
って言えないなと
強く実感するのです。

自分にとっての成果とは
一体何を指すのか。
そんなことを思う
マニラの昼下がりなのでした。

2013年6月6日木曜日

はじめてのスラム

マニラ生活にも慣れて来た今日この頃。
二週間ほど前に訪れたスラムエリアで受けた
ショックだったときの話をちょろっと。

訪れたコミュニティはゴミの上に立っており
ゴミの上だけあって足場は柔らかかったのです。
弾力があるというか。
話によるとそこはNGOの協力があり、
コミュニティの再建ができつつあるエリアのよう。
故に参加したワークショップで連れて行ってもらえたみたい。
しかし、現実にはスラムと変わりなく見えたのです。

中からやっている人の視点で見ると
スラムからは脱したと言える様子。
たしかに家の骨組み等はしっかりしているようだし
水道も引かれていて。
下水道もないわけではないのです。

でも俺の視点、
先進国でしか住んだことない人間からしてみると
環境はまだまだ劣悪に映ってしまって。
そこら中にある汚水の溜まり
簡易的な下水道に詰まるゴミ
地面から露出しているゴミ。


また、人々の生活も決して貧困から脱してるとは
言い難い印象を受けました。

そんな中
そのコミュニティ内では
オーガニック野菜を栽培していたり
環境保護の名目にマングローブを植えていたのです。

そして、僕のこれまでの立ち位置は
こういった取り組みを推進する立場なわけで。

しかし、こういうコミュニティに対して
sustainabilityを掲げることについて
とてつもない違和感を感じざるを得なかったのです。
これまで自分が実現したいと思った方向性なのに。

思い描いていた理想を実現するアプローチに対して
現実が突きつけるあまりにもシビアに状況が
マングローブの植樹やら
オーガニック野菜の栽培などの
sustainabilityのトピックを
いとも簡単に滑稽に見せてしまったのです。

もっと先にやるべきことがあるのではないか。
汚水処理。
エンジニアされた電力系統。
生活のインフラと呼ばれるものの徹底的な整備こそが
その社会の発展の基礎になるはずだと痛切に感じたのです。

でも一方で
そこで発展に尽力してきて方たちは
そういう考えではないからこそ
既にビジネス的な側面に着目して
ウケがいいsustainabilityの話に手を出しているのでしょう。
彼らはもうその地域をスラムと見なしてないのだから。

単純に僕の不勉強なだけかもしれない。
もっともっとひどい環境のところはあるのかもしれない。
先日いった場所はかなりサポートが既にされているのかもしれない。

それでもなお、僕はこういうことを感じざるを得なかったのです。