2014年8月10日日曜日

長いようで短かかった5週間

気づけばあっというまにサマースクールが終わってしまいました。
ベルリンで始めたビジネスプランを駆け足でボローニャで仕上げ
その間に色んな議論や衝突を経ながらたどり着いた最終発表日。
なかなかタフな日々でした。

長々と話すチームメート。
ストレス状況が続いたがためにお互いに配慮のない言葉をぶつけあったり。
かなりストレートに表現すると思っていたドイツ人よりも
さらにストレートに物事をぶつけるオランダ人に衝撃を受けたり。
自分の専門外の分野のビジネスプランに取り組む難しさ。
チーム内でのポジション取り。

色々な難しさを経験し
結局自分的にはあまり何もできなかった感覚が残っているわけで。

でも、チームみんなで作り上げたビジネスプラン。
各人が各々の担当を仕上げ
それぞれのサポートを随時行って。
みんなで仕上げた作品、という感覚は少なくともあって。
そしてその結果参加人数100名の中で
ベストプレゼン賞を獲得して。
https://flic.kr/p/oCGdqv←チーム写真のリンク
みんなで喜んで
みんなで讃え合って。

チームとして何か結果を残すために自分の果たした役割が
大きく形として見えないようなパターンを
知ってはいるつもりだったけどより理解できるような経験になった気がする
そんな5週間の締めくくりでした。

2014年7月27日日曜日

ドイツの第二次世界大戦の歴史ツアーに参加して。

30度でエアコンのないベルリンでなんとか生きる為に
無印良品で1500円のセンスを購入したジュン・コーノです。
暑くてグッタリです。

サマースクールとはいえ休日はしっかり休日な欧州スタイル。
パーティシティなベルリンで多くの参加者が20代前半なので
この二日はまぁ朝帰りの人ばかりです。
わたくしは徐々に年齢の影響を感じ始めているので
おとなしくしております。

そんなおとなしくしているわたくしが本日参加したのは
Berlin Underground tour。
地下シェルターツアーですね。

いくつかテーマのあるツアーの中で僕が参加したのが
第二次世界大戦のツアー。
1時間半のツアーで戦時中のアイテムなどが
地下シェルターに展示されていてなかなか特別な雰囲気でした。

このツアーに参加したのは僕を含め10人ほどのサマースクール参加者。
アメリカ人、オランダ人、フランス人、スペイン人、そして日本人の僕。
そして英語ガイドが満席だったため、僕らはフランス語ガイドのツアーに参加するはめに。
もちろんフランス語なんて全くわからないので、ガイドさんの話はほとんどわからず。
でも、僕には具体的な説明など必要ありませんでした。
日本のそれに近いから。

このツアーを通して感じたのは、ドイツと日本の抱える何か共通のものがあって
それは少なくとも他の参加者たちとは共感し得ないものであるということ。
何か一線を画しているのです。

日本にいるとお盆近くになると、このトピックに触れることが多くなると記憶してるんですが
離れるとなかなかそういうわけにはいかない中、
ドイツの歴史を体感できたのは自分の中ではなかなか大きかったのでした。

2014年7月20日日曜日

距離と共感

34度でエアコンがあまりない灼熱のベルリンなう。
タオルハンカチと制汗剤が欠かせないジュン・コーノです。

2週間のオランダ滞在も終えて色々思うことがある今日この頃。
自転車天国=自転車無法地帯という事実を体感し
ミッフィーの信号機がユトレヒトの滞在ホテルの目の前にあってほっこりしたり
オランダの顕著な北欧州的風土性を目の当たりにしたり。

でもその中でも大きな印象を残してくれたのは
2週間の間に再会したチューリッヒ時代の3人の友人。
一人は研究者のスイス人、一人はPhDのリトアニア人、一人は企業勤めのオランダ人。
連絡をくれた人、連絡をした人、全くの偶然で再会した人。
全くの三者三様のこの友人たち。
この友人たちとの話が二週間の中の大部分の収穫な気がしております。

サマースクールでかなり貴重な話を聞けているのは事実で
その中で学びになることも多々あります。
刺激になる話や、これまでの自分の経験や知識と共鳴したりと
大きなプラスにはなっています。

が、やっぱり自分との距離が近い人がしていることの方が
自分としては共感や刺激を受けやすいのです。
起業家として成功しているオランダ人の教授より
自分が信じたリサーチテーマを懐疑的な教授たちに信じさせて
自分のポジションを作り上げたスイス人リサーチャーの方が
よりリアルな話に聞こえるのです。

歳・経験を重ねるにつれて広がる自分の交友関係。
SNS等の以前より広範囲での繋がりを可能にしてくれるツールを使いながら
これからも会ってくれる友人たちからひそかに刺激を受けようと思うのでした。

2014年7月9日水曜日

いい役者のすることといい起業家がすること。

ドイツの歴史的な勝利を
宿敵オランダの地でフランス人たちと見届けるという
不思議な夜を過ごしております。
ジュン・コーノです。

オランダではベルギービールが流行っている様子。

サマースクールも二日が過ぎ、
少しずつペースにも乗れて来た感覚になってきて。
参加生の70%ほどが修士生である環境で
3年前の自分と今の自分の位置がなんとなく把握出来てきてる
なかなか貴重な体験をさせていただいております。
ちなみにこのサマースクールの参加生一人当たりの費用は60万円ほどだとか。
それがすべてEU政府から出てるという驚き。
ありがたや、ありがたや、です。

さて、二日目の本日のプログラムは
実際のスタートアップから話を聞いたり
実際のベンチャーコンペティションの場に参加したりと
生の声を直接聞ける機会を与えられ
なかなかに刺激を受けたわけで。

その中で
起業家として成功するための24のステップ、
なる本を出しているMITの教授がおっしゃっていた
PhDを持っているとなかなか起業家として成功できない、
といわれたのが参加生の中では
なかなかショッキングなステートメントだったわけです。

その一方で、その教授がおっしゃっていた面白い内容が
成功する起業家とうまい役者がする共通のこと、
といったものでした。

一見全く離れたこの二つのプロフェッション。
何が共通しているのかというと、
その人になりきる、
という点。

うまい演者がすることの一つして
演じる人物になりきるために
その人物を徹底的に研究、ないしは体験をする
といったことがあり、それがリアルな表現へと繋がることがあるわけで。

一方で起業家として成功するためには
自分の顧客が何を求めるているのかを知る必要がある。
そしてその顧客が何を感じ、考えているのかを知るためには
その顧客になりきることがすごく効果的である、
といった話で。

消費者が何を求めているのかを考えないといけない、
というのはごくごく当たり前の話。
でも、ある一定の顧客像を想定し、
想定した顧客になりきり、
その研究・体験を通して感じることに対し
ソリューションを形として表現するといった点が
僕の頭の中の鐘を鳴らしたわけです。

言うは易し、行うは難し。
それに対する一つのアプローチを
他分野からヒントをもらえることを感じた
一日なのでした。

2014年7月6日日曜日

theJourney day 0

最近妙な頭痛に悩まされています。
ジュン・コーノです。

わたくしは現在オランダのデルフトに来ております。
というのもこのデルフトからスタートする
僕のPhDの母体プログラムのサマースクールに参加するためです。
五週間の長旅です。

と言ってもデルフトには一週間のみの滞在。
その後はユトレヒト、ベルリン、そしてボローニャという
3カ国をまたぐ壮大なプログラム。

このサマースクールで何をするのかと言うと
気候変動に関連するビジネスを
欧州中の修士、博士の学生たちが
この分野における次世代のリーダーに育って行くべく
これまでの先例を学びながらチームを組んで取り組む
と言った内容になっております。

なんともまぁありがたいスクールに
参加させてもらえることになったのですが、
とりあえずは念願のこのデルフトに来れ、
そしてボローニャに行けるってのだけで既にお腹いっぱいなわけです。
でも、何かおもしろいことがあったら、
メモ的な意味でブログを随時更新していけたらなぁと
そんな風に思った夕暮れ時なのでした。


2014年5月25日日曜日

ソフトな日本の面

日本の外にいると色んな面で日本の捉えられ方を感じるときはあるんです。
すごく単純な例で言えば日本製の物。
ソニーやら東芝やら
ホンダやらトヨタやら。
こういった名前は割とすぐ出て来る日本のモノの代表であるわけで。

そしてそういったモノからの日本の印象があって。
例えば壊れない、とか。
例えば最先端のテクノロジー、とか。
そしてあるいはコストパフォーマンスがいい、とか。
ものづくりから来る日本の印象は大きいわけで。

その一方、モノというハードな面ではなく
ソフトの面での恩恵を受けることがこの4年の中で実感してるわけです。
例えばアニメ。
現在連載中のアニメ・マンガだったり
過去のものを共有できたり。
そういったことをベースに話を始められたりすることが
そう少なくはないのです。

また、言語、ないしは柔道等の
トラディショナルなカルチャーの部分からの
興味を持たれることもあるわけで。

日本にいたときはこのソフト面での恩恵を受けることは
まずなかったわけで。
ハムスターのおしりの写真集がBBCで
変なものとして取り上げられる等、
日本のソフト面が提供してくれるネタは
外で生きてる日本人にとっては
すごく大きいということを実感する
ここ最近の日々なのでした。

2014年4月8日火曜日

初めてのイスタンブール

生まれてこのかた20カ国を訪れたジュン・コーノ。
21カ国目に初めてイスラム圏の国を訪ねたのです。
と言ってもイスタンブールにのみ行っただけなんですが。
しかし、イスタンブールの具体的なイメージを全く持たないまま向かったので、いろいろ驚きました。

まずは、
あれ、砂がない。
そう思ったのです。

勝手に
イスラム圏=砂漠
イスラム圏=スターウォーズのアナキンの星
と言っただいぶ偏ったイメージで行ったので
砂がない。
ってなったときはちょっと驚きました。

ただ、スターウォーズの世界にいる、と言った感覚はすごく感じましたね。
普段生活している環境では教会が町のあちこちにあり
それにだいぶ慣れて生活している中、
丸いデカイドームを持つモスクたちが町のあちこちにある状況はすごく新鮮で
ほんとに違う世界に来たんだなとそう感じたのです。
こんな画、スクリーンで観た!と。
でもよくよく考えてみれば
日本にはあちこちに神社やお寺があって
西欧には教会があって
イスラム圏にはモスクがあって。
違った外見を持つ同じ機能の建物なだけなんだなぁと
同じ機能でも、そこに住む人たちの文化によって異なる外見が形成されて行く。
色んな哲学があってその形になる。
歴史を深く理解して町、建物を見るともっと違った捉え方が出来るんだろうなぁと思ったわけです。

最後に、意外だったのがワインなんです。
うまかったんです。トルコワイン。
一回も聞いたことなかったんですが、うまかったんです。
結果、色んなものを試しちゃいました。



2014年2月8日土曜日

20年ぶりのNY

20年ぶりのニューヨーク。
14年ぶりの東海岸。
耳にする言葉がなんだか懐かしくて心地よい。
でもやっぱりいろんなことを感じるわけで。

まず感じたのが英語の違い。
速い。
会話のテンポがなかなかに尋常じゃないのです。
英語ベースでの生活ももう4年になるのですが
まぁアメリカのそれと欧州大陸でのそれとは雲泥の差でして。
母国語とそうでないかの違いは
発音や表現よりも
そのスピードに如実に出るのだと強烈に実感しております。

そして考えさせられるのが自分の英語について。
普段生活している環境ではよく
アメリカンアクセントでしゃべるよね
と言われることが多い私。
自分の中では世界のいろんな国の人間がいた
ETHでの経験を経ていろいろなアクセントが混じってる
そう思ってはいたんですが
その事実を強烈に思い知らされたわけで。
ほんと自分の英語はここのものではなく
何か別のものに自分で意識していた以上に
なっているんだなぁと。

また、20年前の記憶がほとんどないことにも気づかされましたね。
タイムズスクエアはなんとなく覚えてたんですが
他はまぁわからなかったです。
そして実際に店やらビルやらも変わってるであろうから
思い出せないのも無理はないのかなぁとも思ったり。

そんな色んな変化を感じてるニューヨークですが、
変わらないとこももちろんあって。
それは交通。
バスから聞こえる古いディーゼルのガタガタ言う音だったりとか
公共交通機関の信頼性の低さだったりとか
車で多くの移動が行われてることだとか。
欧州と日本との違いはここなのかなぁと感じたのです。

でも、
今年か来年中に英語ネイティブの国にもう一度住みたいなと
そう感じさせてくれてるニューヨークステイ3日目なのでした。

2014年1月18日土曜日

芸術鑑賞

普段と違うことをするとやはり刺激的ですね。
先日友人のパフォーマンスを見にオペラへ行ってきたんです。
いつものオフィスと家の往復の生活から
芸術の世界にひたって心の栄養を補充してきたわけです。
そしてそれがまぁよかったんです。
ただなかなかにそれを言語化するのが難しい。
でもトライ。

二ヶ月ほど前にもオペラに作品を見に行ったときも感じたのが
コンテポラリーの作品(?)ってすげぇんだなってこと。
というかバレエとかもそうなんでしょうが
彼らダンサーにしかできない「芝居」なんだなと思ったんです。
圧倒的な身体能力と身体全身を細かく制御できる能力をフルに活かしていて、
音響やら照明、舞台のデザインの中でそれらを見ると何かが伝わってくる気がして。
台詞を用いないで何かしらの意図を表現している点に非常に感銘を受けたのです。

今回見た作品に関してすごく印象的だったキーワードは
無機質と有機質です。
そしてその印象を構成する要素がいくつかあって。

まず音。
ミニマルなテクノ風というかエレクトロというか。
すごくデジタルな音だったわけで。

衣装は近未来を連想させるような
ホログラムのような生地が各所に着けられたボディスーツ。

そしてロボットアームのように急に停止するような動き。
規則正しく10人程のダンサーが同じ動きを繰り返し
歯車でつながっているかのような連動を見せていたり。

こういう機械的な印象を与えてくれるような演出をまずは感じたのです。

一方、ダンスには自然・生物的な印象を与えるような動きが多々見えたのです。
四肢が波をうつように、しかも連動してうごく様は
何かの生物がうごめいているような印象を与え
全体の規則正しい動きから
ランダムに個々の動きが変化してから映る全体像には
混沌とした渋谷のスクランブル交差点を見る時に感じるそれを与えてくれたり。

この対極の二つの性質を一つにした作品であるように僕には感じられたのです。
そしてそれを、各ピースをうまく構成し一つに仕上げた監督・演出家に敬服。


自分には全く縁のないこんな良質な芸術を堪能できることに環境に感謝しつつ
これからも機会があれば足を運びたいなぁと思ったのでした。